バレンタインベルツナテキスト
「ねーねー、つなよしー」
「…何、ベル」
「今日ってなんの日だと思う?」
「今日?…ていうか、なんでおまえがうちにいるの」
「なんの日だって聞いてんの!」
雑誌を片手に、きょとんと俺を見るつなよしの前で胡座をかいて部屋のカレンダーをビシッと指さす。
今日は2月14日。
恒例の特別な日というわけ。
日本のバレンタインは、好きな相手にチョコを渡して愛を告げる、というもの。
だから、俺はわざわざイタリアから日本にまで来てやっているのに。
お目当てのつなよしは、王子の俺をほったらかしてベッドの上に寝転がりながら、雑誌を読んでいる。
「14日だろ!2月14日!」
「あー、うん。そうだね、14日だね」
「ちょっ…、寝るなこら!」
雑誌を閉じて、ひとつ大きな欠伸をする。
「ふあぁ」という可愛い声に、まぁいいかと思いそうになったけれど、王子はそんなものにごまかされたりはしないんだぜ。
「つなよしぃー」
「チョコなんてイタリアで沢山貰えるじゃん!おまえ見た目は良いんだしさ」
「つなよし以外からのチョコなんて、俺いらねーもん。俺はつなよしのチョコが良いんだっての!」
「チョコなんて、そんなの用意してるわけないだろ。大体俺男だし!」
「愛にそんなものは関係ないね!」
「…愛もないんだってば!」
大体なんで俺なの、俺の方が貰いたいくらいだよ、と言いながら仁王立ちの俺をつなよしは見上げる。
俺を見上げるつなよしの茶系の瞳は反則。
その大きな瞳で見つめられたら、俺の負けですと白旗を挙げるしかない。
(…何これ、俺ってつなよしが弱点なわけ?てか、それってなんかむかつく。俺王子なのに、なんでこんな庶民に…)
「だからねベル、俺はチョコなんてあげないからね」
眉をしかめて、また俺を見上げる。
凶器にもなりそうなその瞳は、俺はなんとなく苦手で(ていうか、恥ずかしくて)、つなよしに気付かれないように少しだけ視線をそらした。
その行為も失敗に終わったようで、その先にちらりと見えるのはつなよしのピンク色のくちびるで。
俺の悪戯心を刺激した。
愛がこもったチョコをくれないと言うのなら、その甘そうなくちびるでも貰っておこうか。
つなよしのファーストキスは俺のだからね。
「…ちょっと!ベル重い!」
「ししし!捕まえた!」
ベッドに寝転がっているつなよしにのしかかる。
俺から逃げられないようにピッタリと組み敷いた。
「はーなーれーろー!」
「嫌だね。チョコの代わりに、つなよしのファーストキス戴いちゃうからさ!」
「やーめーろー!」
俺は女の子がいいんだ、男となんか絶対嫌だ!とジタバタ暴れるつなよしを、俺はにんまりと見下ろす。
押さえつけた腕は細くて、なんだか美味そう。
ちょっとだけ、味見してみてもいいだろうか。
(だって絶対甘い味がするはずだもんね)
「ダメ。王子の勝ちだね、ししし!」
「なんだよ、勝ちって!……あ!」
「あ?」
何かを思い出したように声をあげる。
つなよしのその声につられて、俺は思わず押さえつけていた腕を解放してしまった。
起き上がって、何時にも増して苦い表情で溜め息をついた。
「…俺のファーストキスは父さんだ」
「…は?」
「子供の頃無理矢理されたの、思い出した…」
「…は?」
思い出したくなかったと、今にも泣き出しそうな表情で頭を抱える。
「あのダメ親父ー!」と唸るつなよしを眺めながら俺はとりあえず頭の中を整理した。
そうか、つなよしはファーストキスを奪われちゃってたんだ。
俺以外に?
まさかね、王子の俺を差し置いてね。
つなよしの言う「父さん」って、あの門外顧問のか?
あの沢田家光とかなんとかいう、つなよしと全く似ていない食えない親父か?
「…マジで?」
「マジで」
「…マジで家光?」
「マジで父さん」
まぁ、あの親バカならやりかねないよな。
「つなよしー!」とか言って子供のつなよしに無理矢理ぶちゅっとしてそうだもんな。
つなよし可愛いし。
「…家光ぶっころす!!」
「俺はやっぱり京子ちゃんのチョコが欲しいなぁ〜」
そんなバレンタイン。
(チョコなんかより、俺の愛の方が美味しいのに!)
チョコよりキスより甘い恋を!