「…骸様…」
「クローム」
「…骸様、ボスが呼んでいるわ」
「…ええ、その様ですね」
「…骸様、私はこの世界が好きよ」
「…そうですか」
「…ボスも骸様も、此処にいるもの」
「クローム、少し休ませて下さい。力を使い過ぎてしまった様です」
「…はい」






そんなもの、必要無いと思っていた。
この世界に、自分が必要とするものは一つも存在せず、躊躇なく全てをこの手で消し去る事はとても容易い行為なのだと思っていた(まるで息をするだけの様に)。

くだらない綺麗事なんて気持ち悪い。
吐き気がする。
ああ、全て消してしまおう(君も僕も)。

そう、思っていたのに。






「…ああ、まだ此処に居たんですか」
「…おや、こんにちは」
「…ふふ、初めまして、でしょうか、骸さん」



精神世界、というものはとても閑散としている。
そこには酸素があるのか、息をしているのか、生きているのかさえも解らない。
一つだけ、はっきりとしている事は、この世界は自分の手で造り出したもので、他の誰にも邪魔される事は無い場所だという事。
侵入出来るのは六道輪廻の右眼の欠片を持っている、クローム髑髏という少女。

目の前に揺らいで見える少年は、そのクロームとは似ても似つかない姿で微笑む。
少年は深い黒髪を風に揺らし、少し藍色が混ざった瞳でこちらを捉える。
クロームよりも年下だろうか。
薄黒い空気を纏い、にこりと笑う彼にはあどけなさが残っている。


「…お元気そう、ではないですね」
「見ての通りですよ」
「…ふふ、骸さんは相変わらずですね」
「相変わらず?僕は君に逢うのは初めてだと思いますが」
「…ああ、僕の事はまた忘れてしまったのですね」
「何か僕に用でも?」
「…いいえ?あなたの世界に迷い込んでしまったので、ご挨拶でもと思いまして」


そう言うと少年はまた、ふふふと笑う。
瞳を細めて笑うその表情は、自分には忌ま忌ましくてこの世界ごと消してしまいたくなる。
右手を伸ばして彼の腕を掴むとひんやりとした体温が躯を走り、空気が揺れた。
掌を彼の右眼に重ねる。


「…忌ま忌ましい。その右眼をぐちゃぐちゃにしてやりましょうか?」
「ふふふ、それはとても有り難い事ですね」

厭味ったらしく眉を顰めて、どうぞご勝手に、と瞼を閉じた。
右眼に重ねた掌に力を込めると、また彼は忌ま忌ましい微笑みを浮かべて、言葉を綴る。
その表情は自分に対しての悪意なのか、それとも。


「あなたの様な力は、僕の右眼にはもう残ってはいない。あなたの造り出す世界を見る為にも、僕にも小さな力を分けてはもらえませんか」
「自ら力を欲しがるとは、なんて愚かな」
「…その愚かな力で、あなたはあの人に手を貸そうとしているじゃありませんか」
「…世界を壊す準備を、とでも言っておきましょうか」


彼――沢田綱吉の躯を手に入れる事は、この愚かな醜い世界を手に入れたも同然。
躯を手に入れて、そしてゆっくりと壊して逝くのだ。

何も要らない。
人間も、神も、僕も。
全てを消して、全てを亡くして、そして、何もかも無かった事にしてしまおう。
彼が僕に出逢った事も、僕が彼に出逢った事も、哀しみも、淋しさも、この混沌とした血生臭い世界を憎んだ記憶も、僕を想って泣いた事も。


「彼が哀しむ事の無い美しい世界を、血で汚れたこの両腕で造り出すのです」
「…そうしてまた、あなただけが血を流してしまうのですね」
「死んで逝くのは、僕一人で十分です」


彼らはこの薄暗い愚かな世界に希望を見つけた。
とても小さくてくだらないものだ。
自分には必要の無いもので、否、僕にはそんな事を考える脳みそも持ち合わせてはいない。
ああ、何故こんなにも綱吉君が遠いのだろう。
ああ、何故クロームを汚らわしい僕の力で、この世に縛り付けたのだろう。
ああ何故。

「ああ、今すぐ死んでしまいたい」


ああ、なんて馬鹿馬鹿しい!
口角を上げて鳴咽の様な、低い笑い声を吐き出した。
くははは!と天を仰ぐ。
その声がこだまして、自分と少年を囲う白い壁がビリビリと揺れた。
躯の中心に存在している、心臓にそれが響いて、ああ自分は生きているのだと知って絶望する。


「…あなたには生きていて欲しいのです」
「…くだらない」
「…僕はあなたの様になりたかった」
「くだらない」
「僕はクロームの様な、あなたの為の存在でありたかった」
「くだらない」
「それなのに、あなたはまた死んで逝くというのですか。僕はあなたのそんな所が嫌いです。…ほら、あちらの世界で彼はあなたを待っています。…あなたと、あなたから生まれた僕と、また未来でお逢いしましょう。だから、もう過去のことは、」


ほらあそこに、と彼が指を向けた造り物の空はパキンと小さく音を起てた。
硝子の様な欠片が、パラパラと彼の頭上に降りては消える。
にこりと笑ってその欠片と共に姿を無くしていく彼の声は、サイレンの様な音に掻き消されてしまい、最後の言葉は僕の耳には届かなかった。



ばらばらと白い壁が崩れ落ちて、この先に何が在るのか解りそうな気がして腕を伸ばした。
世界の端なのか、それとも自分の心臓の一欠片の部分なのか。
はっきりとしないその場所にコポコポと空気が溢れて、酸素が躯中に勢い良く回り出した。



「――むくろ」


自分の名前を呼ぶ声が世界の端から聞こえた。
聞き馴れた声に小さく「はい」と呟くと、真白い美しい世界はぷっつりと途絶えて、淡い橙色の光りが眩しい、愚かな世界に姿を変えた。




全ての記憶がのしかかる紅く重い右眼なんて、僕は要らないと思っていたのに。
暗闇で紅く光る、梟の様な瞳に映るものは、きっと忌ま忌ましい愚かで醜い世界。
それを守るのは、きっとこの血生臭い両腕で。






僕は過去のあなたであり、あなたの一部分の僕は僕自身になれたのです。だから、あなたの中の哀しい過去(僕)を忘れて下さい。
そして、あなたの哀しみから生まれた僕があなたの痛みを拭えます様。












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骸ツナ+グイド(レオ)
※骸=グイド
(グイドは過去の骸の一部。輪廻を巡る間に分離。骸の痛みは全部グイドが攫っていった、そんなイメージで)

あなたがいるから僕もいる。生まれてくれて有難う。そんなグイドとクローム。


20090607
20150224修正





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