「…篠ノ女!」

「あ?」

「どーーん!」

「うげっ…!」




屋上讃歌




「い…ってえよ!」

「あはっ突撃成功ー!」

「…成功じゃねえっつーの!」


休日の真昼を少し過ぎた頃。
自室の赤いソファに深く座ってハードカバーの、最近映画化されて話題になったミステリー小説を手にしていた自分の腹の中心に鴇時の身体がクリティカルヒットした。
とは言ってもプロレスの技をかけたわけでも、ましてや暴力を振るったわけでもない。
これは一つのじゃれ合いなのだ、…一方的な。

痛いのは腹にぐりぐりと押し付けられる、鴇時の後頭部。


「頭押し付けんな!」

「いーやーでーすー」

「おまっ…」


ぐりぐりと、押し付けられる茶色の髪を無視して綴られている文字を辿ろうとする。
けれど、攻撃が止まる気配を全く感じない事に溜息を一つ吐き出して、手にしていた本を手放した。

どうだ参ったかー!と主人にじゃれ付く犬の様な幼なじみの頭をガシッと掴む。
ぐぐぐと自分の腹に、攻撃を止めない鴇時の頭を押し付けた。


「にゃ!」

「おー、まさかの猫語」


俺の反撃にうーうーと苦しそうな声が漏れて、降参とばかりに鴇時はパタパタと両手を動かす。
その動きが、下手くそなロボットダンスの様で思わずブハ、と笑い声を吐き出した。


「…く、る、し、いー!」

「降参か?」

「し、篠ノ女の卑怯者っ!」

「おーおー言っとけ」


さいてい!さいあく!篠ノ女のへんたい!
大袈裟に頬を膨らませてキッ!と睨み付ける。
髪と同じ茶色の真ん丸な目で睨まれても全く迫力はないだろうに。
むしろ俺には所謂萌え要素だったりするんですけど、と思いながら目の前にいる涙目の鴇時を見下ろす。
篠ノ女のばかあほへんたいこのKY!なんて繰り返す鴇時の髪をわしゃわしゃと撫でてやれば、ゆるりと頬が緩んだ。
機嫌を悪くしたかと思えば、自分の掌一つ差し出しただけで嬉しそうに笑うのだから、その姿がいとおしくて堪らない。
そう思う俺の頬もきっと格好悪い程に緩んでしまっているのだろう。

は!馬鹿かお前は!と喧嘩を売ってくるクラスメイトを思い出して、こういう所を見られなくて良かったなと改めて思う。
誰に何を言われても、俺は鴇時には弱いのは自覚している。
それもどうなんだろうと思うけれど、本当の事だから仕方がない。

けれど一応男なのだから、格好良くありたいと思う馬鹿なプライドも持っている。
そんな俺のプライドも、こいつは簡単にぶち壊すのだから俺は負けましたと両手を差し出すのだ。

この心も身体も両腕もお前だけの物だと、嫌という程思い知らせてやりたい。


「おいおい、酷い言われ様じゃねえか…軽くへこむんですけど」

「だって篠ノ女が悪いんじゃん!本ばっか読んじゃってさあ!」

「…何それ、もしかして嫉妬だったりする訳?本に?マジで?」

「…う!」

「ふうん?へえー?」

「…なんだよ」

「いいや?可愛いなあって思っただけ」

「…篠ノ女のへんたい!」


可愛いと言っただけで変態扱い。
それは照れ隠しなんだと随分前から気付いてしまっているから、やっぱりいとおしくて堪らない。
とりあえず、昼飯のオムライスを作ってから改めて可愛いと頭を撫でてみようか。


さあ、今度はどんな顔をするのだろう。







20100707/01





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