「今日は絶好の行楽日和ですよ!」
「…は?」


最近買い替えた大きめの液晶テレビの中の、空色の衣装に包まれた爽やかな雰囲気のお天気お姉さんと、ぴったりと声が揃った。

お天気お姉さんは「絶好のお出掛け日和、たまには遠出をしてみては如何でしょうか!」と画面の向こうで明るい声を放つ。
梵天はそれをぼんやりと眺めながら、程よく冷えた緑茶を口にする。
視線はきちんと画面を捕えてはいるものの、お姉さんの言葉は右から左に流れている。

「…ふぅん」
「ね!」

片肘をテーブルについて、全く興味はないねというニュアンスで、目の前の、一人張り切っている銀朱に軽く返事を返す。
銀朱はそんな梵天など気にはせずに、桜模様が可愛らしい箸を右手に握りしめて力説を続けた。


「ほら梵天!今日は良いお天気ですし、お姉さんもああ言っていることですし、朝食が終わったらどこかに出掛けましょうよ!」
「…ふぅん、どこに?」
「例えばー…。そうですねぇ、ほら一泊二日で温泉とか!」
「冬じゃあるまいし」
「動物園とか!」
「子供じゃあるまいし」
「遊園地とか!」
「長い時間並ぶのなんて厭だね」
「えぇー、じゃああなたはどこが良いんですか?」
「…そうだねぇ、」

画面に目を移すと、余計な一言を放ったお姉さんは消えていて、既に次のニュースに変わっていた。
それでもニュースの内容はこの連休のことで、高速道路がどうとか渋滞がどうとか自分には全く関係のない話題で盛り上がっている。

ああ成る程、朝の情報番組なんて久しく観ていなかったけれど、どうやら自分とは相性が合わないみたいだ。

(…銀朱との相性は良いみたいだけれどね。全く、迷惑な話しだよ)

「ねえ、聞いてますー?」
「…はっ、くだらないね。どうせどこに行っても人だらけだろう?」
「あー、またそんなこと言って!本当に朝は機嫌が悪い人ですねぇ」
「それは悪かったね」
「たまの休みくらい機嫌良く過ごせないものなんですか、もう!」
「…君はもう少し落ち着けば?それ、早く食べなよ」

甘めの卵焼きを半分に割って、ひょいと口に運んだ。
勿論並んでいる料理は銀朱の手作りで、朝が弱い梵天を無理矢理叩き起こしてテーブルに向かわせた。


「ねえ、銀朱」

はい?と銀朱が視線だけで応えると、梵天はずいと紅色の碗を差し出した。
銀朱が梵天用に用意したもので、この碗にも桜模様が描かれている。

こんな女々しいものなんて使えるか!と買って来た時は顔を真っ赤にして怒っていたけれど、今では何も言わずに使ってくれている。
彼が花木が好きなことは銀朱も知っていて、「女々しいもの」と悪態をついたのも、ただの照れ隠しなのだと分かっていた。
そんなことを本人に言うと、また怒るだろうから銀朱は彼に言わないでいる。


「…このツンデレめ」
「なんだい」
「いいえ、別に。それで何ですか?」
「今日はちょっと味付けが濃くはないかい?」
「ま!なんという姑根性!」
「…黙れ」
「えぇー、今朝もちゃんと愛情沢山込めて作ったんですよー。なんでかなぁ」
「…愛情は余計だよ」

全く君は恥ずかしいことばかり言うね、と視線をちらりと銀朱に移した。
そういえば、連休明けにテストがどうとか話していた気がする。

「そんなことを言っている暇なんて、君には無いんじゃないかい?」
「なんですか?」
「…連休明けに君、抜き打ちテストを予定しているんじゃなかったのかい」
「ええ、そうですよ?」

それが何か?と箸を口にくわえたまま首を傾げる銀朱に、はん!と鼻で笑う。

「行儀が悪いよ。…君、明日で連休は終わりだよ?」
「はぁ、そうですねぇ」
「一泊二日で出掛けたとして、君はいつ資料を作るつもりなんだい?」
「そりゃあ帰って来てからになりますからー…」
「明日の夜?旅行から帰って来た君に、そんな余裕ある訳?」
「失礼な!これでも私は教師ですよ!」
「…ふぅん、じゃあ俺は手伝ったりはしないよ?君の素晴らしい体力と素晴らしい集中力で、素晴らしいものに仕上がることを祈っているよ」
「…………鬼」
「…君は馬鹿だろう」

梵天の一言で現実の厳しさを目の当たりにすることになった銀朱は、自分を誘惑した番組を悔しそうに睨み付ける。

(…テレビを睨み付けても、ね)

銀朱のことだからきっと煩く、「何処かに出掛けましょう」と言い出すとは思っていた。
だからなるべく連休の話題は出したくはなかったのだ、けれど。


「…たまにはあなたと一緒に出掛けることが出来ればと思ったんですけど」

やっぱり無理ですよねぇとしょぼんとうなだれて、梵天が手にしている碗を見つめる。
もう駄目です私はもう駄目です、駄目教師の駄目人間です、こんな私なんてあなたは嫌いですよねぇとぶつぶつ呟く銀朱に、梵天は重い溜息を吐き出した。


「銀朱、…ほら、早く食べておしまいよ。片付けが終わったら、俺も少しだけ手伝ってあげるよ」
「…それ、本当ですか?」
「…俺が嘘を言うとでも?」
「終わったら、今日中に終われば明日は一緒に出掛けてくれます?」
「…終われば、ね」
「頑張ります!」
「…はいはい」

とりあえず相性が合わない情報番組のチャンネルは変えておいた。
まあ今日は良い天気なのは確かだし、たまにはお天気お姉さんに誘惑されてみても構わないかな。
そう言って笑ったら、銀朱に浮気ものって怒られた。





(ねぇ梵天)
(…なんだい)
(梵天って私のこと大好きですよねぇ)
(…殴るよ)
(あ、顔真っ赤)
(…黙れ!)




ほら、外は綺麗だよ
後で少し出掛けてみよう
(ああ、世界はこんなにも美しい)






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