「せんせい」

「なんだ?六条」

「なんだはこっちの台詞。近い暑いうざい」


黒髪の小さい悪魔は、自分の目の前にいる大人にさらりと悪態をついた。
ついでに可愛らしい笑顔を付け足して。
それでも俺は無関心を装うこの小悪魔から逃げられないのだと、随分前から気付いていて、どうしようもなく心焦がれてしまうんだ。


放課後。
忍道部の部室で六条を見かけた。
行儀悪く、窓から近い机の上に座って細い脚をぷらぷらさせながらグラウンドを眺めていた。
六条に付き合って俺も外を眺める。
何を見てるんだと聞いても、答えは返って来ない。
いつものことだと、腕組みをして教室の壁に寄り掛かる。
ちらりと六条の視線が俺に流れた。


「なんだ?」

「無理に付き合わなくたって良いのに」


そう呟いてまた視線をグラウンドに戻す。
ふああと欠伸をする六条の黒髪がふわりと揺れて、ああ綺麗だなと心奪われる。

無理に付き合っているわけじゃない。
俺がそうしたいからなんだ、と六条に言えばどんな表情をして馬鹿にした言葉を口にするのだろうか。
それでも、俺はこいつを嫌うことが出来なくて、いつまで経ってもこいつから離れられないのだろう。
先生なんか要らないと言われる日が来ても、俺はその細い腕を放すことなんて出来ないのだろう。


(…相変わらず格好悪いな)


この先の自分を想像して、ガクリと肩を落とす。
俺の邪まな想いも知らないだろう小悪魔をちらりと見て溜息をついたら、ほらまた。


「先生、さっきから溜息うざい」

「…六条、おまえはうざいばっかだな」


だって先生今日はいつもより空気重いんだもん、とにっこり笑われたら反論さえも不可能で、寧ろ黒い笑い顔も愛おしい。


(末恐ろしいやつだよな、おまえは)


…いや恐ろしいのは俺か。
こんなにまだ弱くて優しい小さな王を自分のためだけに欲しているなんて、


(なんて、)


「…近いよ顔」

「うおっ!」


思ってもいなかった至近距離に驚いて頭を後ろに退いたら、寄り掛かっていた窓ガラスに勢いよく頭をぶつけた。


「せんせーのバーカ」

「…誰のせいだと」

「さあ?しーらない」


ガラス割れなくて良かったね?と憎たらしいことを言って小首を傾げる。
酷い奴だなと眉をしかめたら、これでも心配してるんだよと、ぷらぷらと脚を揺らして六条はいつもより少しだけ楽しそうに目を細める。


「六条、今日は何か良いことでもあったのか」

「うーん、どうかなあ」


よくわかんないやと俺を見上げる六条もとても可愛らしいけれど、でも俺は六条の機嫌が良い理由を知りたくて、いや、知ったところでどうなる。
俺以外の人間の名前を口にしたら、こんな小さな嫉妬でも六条の細い手首に赤い跡を残してしまうかも知れない。
おまえは俺だけのみはるだと泣いてしまうかも知れない。


「何、先生」


腰を掛けている部室の机が、ガタンと鈍い音をたてて揺れる。
揺れた反動でバランスを崩しそうになった六条を支えようと手を伸ばしたら、六条の細い肩がピクンと動いて、少し驚いたように俺を見上げた。


「先生?やっぱ近…、……」


(みはる、)

(みはる、)



いつかこの声がきみに届きますように。


(壬晴)


俺の心が澱んでしまう前に。






罪と懺悔は優しい音/懺悔とエゴイストなる純愛と芽生えるかも知れない想い



20080810
20110803修正

(懺悔)






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