その声で名前を呼ばないで。
その目で俺を見ないで。
俺に優しくしないでよ。
ドキドキして困るんだから。
でも手を繋ぎたくて(矛盾する俺の想いに気付いて)。






(…つまんないの)

ぽかぽかとした陽射しが気持ちよくて暖かい温もりがふんわりと身体を包み込む。
こんな日は屋上で日なたぼっこをして過ごしたい。
ふわぁと欠伸をひとつして、退屈で堪らない授業をクラスメイトと一緒に大人しく受けている。
クルクル回していた銀色のシャープペンをコロンと机の上に置いて前の席をちらりと見た。

「…しののめのばーか」

相手に聞こえるはずがない言葉を、今はいない前の席の幼なじみに呟く。
終業のチャイムが鳴ると、待ってましたとばかりに廊下やげた箱に生徒が溢れる。
その人込みに紛れることはせず、ぼんやりと自分の席からグラウンドを眺めた。

「鴇、先に帰っててくれ!」

学校指定の鞄と竹刀を持った朽葉が「沙門様に手伝いを頼まれたのだ!」と嬉しそうに笑って教室を出て行く。

「あ、篠ノ女の馬鹿を見つけたら私の代わりに殴っておいてくれ!」
「…はーい」

朽葉は沙門の手伝い、露草と平八も梵天の手伝いで先に教室を出て行って今は一人。
篠ノ女は午後の授業から屋上でサボっているみたいで放課後になっても教室に戻って来ない。

(…篠ノ女のあほ)

はぁと重い溜息が零れる。
朽葉は部活、露草と平八は何故かいつも梵天にこき使われていて家に帰るのが遅くなる。
だからいつも二人だけで帰ることが自然になっていた。

(お隣さんだしね)

「…ぬぅぅぅ」

待っていても仕方ないのかも知れないけれど、それでも我慢強く教室で待ってみる。
机に俯せて足をバタバタさせて唸りながら篠ノ女を待っていたら廊下から声をかけられた。

「鴇くーん、篠ノ女君見なかったー?」

可愛らしい女の子の声に鴇時の細い肩はピクンと跳ねる。

「なぁに?」
「篠ノ女君に用事があるんだけど知らないかな」
「ごめんね、俺も知らないや」

あはっとごまかすように小首を傾げて笑うと、女の子は鴇君かわいー!と言って走って行った。

(…かわいい?)

女の子は可愛いって言葉をよく使うけれどそれって褒め言葉なのだろうか。
男が可愛いって言われても別に嬉しくなんかないよな…、

(…ううう、篠ノ女に言われたら嬉しい、かも…)

篠ノ女の顔が浮かんでボッと顔が熱くなって、そんな自分が恥ずかしくてまた熱が上昇する。

(だ、駄目だ、重症みたい…)

篠ノ女、俺ね。
篠ノ女が好きなんだよ。
昔から凄くドキドキするんだよ。

(ねえ、気づいてよ)

ぐるぐると廻るのは彼のことだけで、自分の世界は彼でいっぱいでどうしようもなく焦がれるんだ。

なかなか戻って来ない篠ノ女を待っている間に教室で声をかけられた。
一緒に帰ろうとか篠ノ女を見なかったか、だとか。
篠ノ女と一緒に帰る約束は特にはしていないけれど、声をかけられる度に鴇時は丁寧に断る。
女の子達は残念そうに教室を出て行くけれど鴇時は本当のところ、そんなことに興味はなくて篠ノ女のことばかりを頭に巡らせる。

(俺だって篠ノ女の居場所知りたいんだけどなー…)

紅葉の話によると『放課後は女の子達の小さな戦場』らしい。
女の子にとっては放課後は大切なイベント。
好きな人に想いを伝えたり、好きな人と一緒に帰ったり(って紅葉が言ってた)。
篠ノ女もそうなのだろうか。
ふと、さっきの女の子の顔が浮かぶ。

(篠ノ女は昔からモテるから、さっきの女の子も篠ノ女と一緒に帰りたかったのかな)

…今も女の子に告白されていたりするのだろうか。
自分の想像にぎゅうぎゅうと胸が絞まり、ガン!と白い額を机に打ち付けて「うーうー」と唸った。

「ううう、へこむ…」

ぐるぐると厭なことが頭を巡って鴇時はしょぼんとうな垂れた。

(別に篠ノ女が悪いわけじゃないけどさ、なんか哀しいじゃん?)

「…篠ノ女が格好いいのがいけないんだよなー」

うんうんそうだよ、俺の気持ちも考えろよなと打ち付けて赤くなった額を摩りながらフン!と頬を膨らませた。

「…俺もう知らないからなっ」
「あ?何がだ、鴇」
「ぎゃあ!」

もう帰ってやろうかと思って鞄を手にした時、ずっと待っていた声が鴇時の頭の上で響いた。
その声につられて顔を上げると余りに近い篠ノ女の顔に驚いてカチンと固まってしまった。


「お、おい、鴇何してんだよ?」

手にしていた鞄を勢いよく教室の床に落としてしまったけれど、今はそんなこと気にしていられない。

「…鴇?」

固まっている鴇時を篠ノ女は「…おーい?」と一度覗き込んで「鈍臭いな」と笑って床に落ちた鞄を拾う。

「何してんだよ。大丈夫か?」
「しのっしのっ…!?」

暫く固まっていたけれどハッと我にかえって、篠ノ女のいきなりの登場にわたわたと慌てふためく。

いつの間に戻って来てたのか、机の横に掛けていた黒い鞄を手にしていた。

「ししししし、しののめっ…!」
「…あ?何だ?」

(俺っ俺っ、独り言っ…篠ノ女を格好いいとかっ…!)

「き、聞いてたりする?」
「だから、何が」

篠ノ女を見上げて恐る恐る聞いてみたら篠ノ女は「わけわかんねーよ」と眉をしかめて見下ろした。恥ずかしくて頭が真っ白になってあわあわするしかない鴇時を見て、篠ノ女はくくくと意地悪く笑う。

「…変な顔」

笑ってる場合じゃないんだよと言葉には出さなかったけれど、その代わりに自分より随分背の高い篠ノ女をキっと睨んでやったら少し困った様な表情をした。

「鴇?おまえ拗ねてんのか?」
「拗ねてなんかっ…」
「あー…悪かったな、待たせて。女共が煩くて暫く隠れてたら戻んのが遅くなっちまった。そんな怒んなよ」


篠ノ女の話によると。
放課後になって篠ノ女を探しに来た女の子達に囲まれて身動きが取れなくなってしまい、隙を見つけて逃げたものの、しつこく追い掛けて来るから暫く隠れていた、らしい。

「何それ、ただのモテ自慢じゃないの」
「はぁ?どこがだよ?」
「だって逃げなきゃいけないくらいなんだよ?何それむかつく」


女の子に人気があるのは、昔からわかっていたことだけどやっぱり胸はチクンと痛んだ。
胸の痛みをごまかすために「羨ましい」って笑ってみたら「ばーか」ってデコピンされた。

「お前なぁ、好きでもないやつにしつこく追っかけまわされたり、わざとらしい仕草でアピられて嬉しいと思うか?」
「…モテることは良いことじゃないの?」
「作ったみたいな声だとか、狙った上目遣いだとかありえねーっての!」

篠ノ女は一つ溜息をついてチラリと鴇時に目をやる。
そんな篠ノ女の言葉をキョトンとして聞いている鴇時のぽやぽやとした顔を見て心の中ではぁーー……と深く溜息をついた。

「マジで勘弁してくれ」
「何が?」
「…別に〜」

なんでこいつはこんなに鈍いんだろうか。
まあそこも可愛くて堪らないのだけれど、本当にこの鈍さは残酷さを持ち合わせている。

「ほら、帰るぞ」

しみじみとそう思いながら篠ノ女が鴇時の手首を掴むと、驚いたように目を丸くして、そこを見つめる。
篠ノ女はそんな鴇時の掌をぎゅっと握ってやる。

「…篠ノ女のばーか」
「うっせ」

小さな声で呟いて、頬をほんのりピンク色に染めて嬉しそうに笑った。


「まあお前は鈍いからな。俺の気持ちも気付いてないかもしれないだろうしな」
「何が?」
「…ほらな」

鈍感過ぎる幼なじみ。
その仕返しの意味も込めて篠ノ女は嬉しそうに歩く鴇時の身長に合わせて、少し背を屈めて耳元でサラリと囁く。

「おまえ、俺のこと好きだろ」

本人は篠ノ女に隠しているつもりらしいけれど、周りにも篠ノ女にもばればれで。
気付いていないのは朽葉、露草、鴇時本人くらいだろう。
案の定鴇時は耳まで真っ赤にさせて口をぱくぱくして篠ノ女を見上げる。

「おー、いい反応。鯉みたいだな」

思った通りの反応が嬉しくて笑ったら、「篠ノ女なんかだいっきらいだ!」と真っ赤な顔をして怒るからまたそれが可愛くて笑う。


放課後の校庭は騒がしくて、何一つ障害もなく二階の教室にも声が届く。
ふわりと優しい風が二人を掠めて通る。

篠ノ女のばーかと悪態をつきながらも繋いだ掌は放さないまま、二人並んで廊下を歩く。
ぐるぐると廻るのは彼のことだけ。
自分の世界は彼でいっぱい。
焦がれるのはお互い様。
愛しくて切なくて胸が締めつけられるのもお互い様。

(だいすきだ、)

そう想うのもお互い様。

(だいすき)

お互い聞こえないようにひとつ、言葉を綴ってみた。



優しい言葉綴り/君にも誰にも聞こえないように風に流してみた




紺鴇テキスト初学パロ
梵天は学生なのか教師なのかはご想像におまかせします

20150223修正





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