言わないよ。
大切だから言わない。
きっと言葉にしても足りないんだ。
私の想いは永遠だけど。
きっと空に還ってしまう。
還ってしまうその日まで、私はあなたに言ってあげない。
(銀色のことば)
「う〜…あ〜…う〜…」
「………」
「う〜〜…あ〜〜…う〜〜…」
「………」
「う〜…あ」
「…うるさいよ!」
「だって暇なんですよぉ〜」
「…暇なら帰りなよ」
「だってえ!!」
「うるさい」
先刻から繰り返し行われている会話。
「だって…」
大木の影になっている草の上に横たわりながら、ブツブツと悪態をつく一人。
「…うるさい。」
その大木に寄りかかり、相手の様子に呆れた眼差しを送る一人。
ひとりとひとり。
ふたりだけの時間。
眩しい世界。
君がいて僕がいる金色の永遠が。
「う〜あ〜う〜」
先刻から止まることのない、銀朱のうめき声。
草の上に寝転がりながら、足をバタバタさせている。
それでも、梵天は一切気にならないという様子で目を閉じて大木の幹に寄りかかっている。
ふわふわとした少しくせ毛の、長い髪の銀朱。
翠色のさらさらとした艶やかな長い髪の梵天。
柔らかい陽射しの中、同じ時間に同じ場所に同じ二人が出会う。
そうして短い時間、ただただ二人は共に過ごす。
二人が出逢ったあの日から、それはずっと変わらない。
(言わないよ。大切だから、言わない)
「………」
相手にされていないとでも思ったのだろうか。
銀朱は口を閉じ、子供のように足をバタバタさせることもやめて起き上がる。
少し沈黙が続いた。
(あ−あ…また拗ねてしまったのかい?まるで子供だね)
大木に寄りかかり、目を閉じたまま拗ねた子供の名前を呼ぶ。
「銀朱」
自分を呼ぶ声に反射的に肩を揺らすけれど、それでもじっと座ったまま動こうとはしない。
「…銀朱」
さっきよりも少し低い声で名前を呼び、拗ねたままの子供を見つめ、呆れたように溜息をついて立ち上がる。
「…君はいったい、此処まで何をしに来たんだい?まさかお付きもつけずに妖退治に来たとでも言うのかい?」
クスクスと厭味を含む笑いを零しながら、銀朱の顔を覗き込む。
案の定、少し頬を染めている膨れっ面の銀朱が睨む。
「…君は馬鹿かい?」
「昔の…、もどきさんの頃は可愛かったのに…」
梵天の言葉に銀朱は更に頬を膨らませた。
やれやれ世話のかかる姫巫女だ、と肩を竦めて梵天は言葉を繋げた。
「…君は相変わらずの馬鹿なのかい?そろそろ学習しても良い頃なんじゃないかい?」
梵天と銀朱の目線の位置が同じになる。
不意に目が合う。
眩暈がしそうな程の、想い。
眩しい陽射しの中で見つけた鳥居の上の小さな鳥。
あの時から世界は変わった。
「なんの為に俺がこんな場所にいると思っているんだい?そもそも、毎回同じ時間に同じ場所で俺に出会うのは不思議だと考えたりはしないわけ?」
梵天と銀朱がいつも出会う場所。
同じ時間に同じ場所で。
そこは他の者からの目を拒める事の出来る大木があり、銀朱が居(す)む神社からもそう遠くはない。
「それとも君は今の俺より、昔の俺が良いと言ったりするのかい?」
(いつでも、君に逢えるように)
なんて、馬鹿なことを考える自分に呆れる。
「…それでも君は、俺を必要とはしないのかい?」
「…梵天」
自分を見上げる銀朱の髪がキラキラ揺れた。
眩暈をしそうな程の、深い朱が視線を奪う。
(――まるでこれは恋わずらいみたいじゃないか)
自分の想いは確かで、その事実は消えてしまうことは有り得ないけれど、あまりにもそれは眩し過ぎるから、少しだけこわくなるんだ。
(――それでも、彼に憧れて焦がれてしまう自分を許して)
銀朱は言葉の代わりに手を伸ばして、梵天の胸に顔を埋めて呟く。
「…そんなこと簡単に言えるわけないじゃないですか」
「やれやれ、君は頑固者だね」
困った姫巫女様だと笑いながら手を伸ばし、少し力を込めて抱きしめた。
言わないよ。
大切だから。
(…言わないです)
きっと言葉にしても足りないんだ。
私達の想いは永遠だけどきっと空に還ってしまう。
還ってしまうその日まで、私はあなた言ってあげない。
大切だから。
(――愛しているから。約束を守れたら私はまた、あなたに会いに行こうと思います)
還ってしまうその日まで、私はあなたに言ってあげない。
ずっとずっと言ってあげない。
(銀色のことば)
だからあなた(君)には絶対ひみつ。
20150223修正