ああ君に、本当は。
大切だと、伝えることが出来たら良かった。
君に会えて良かったと、抱きしめてあげれば良かった。
もうここには君はいない。
もう今はここにはいない。
君だけに。
(舞い降りるのは)
◇◇◇
(パキ…)
段々と。
ひび割れていく世界。
望んだ世界は自分で思っていたよりも、色鮮やかな世界だった。
解りたくて。
気付きたくて。
本当は、少しだけ怖かったんだ。
なのに、とても鮮明で。
社で出逢ったあの小鳥は今では私より大きくなった。
思い出して、あの頃の。
二人だけの秘密の時間。
「少しだけ…急いでしまったかも、知れませんねぇ」
空を見上げ、ポツリと呟く。
後悔はしていない。
少しだけ、寂しいけれど。
にこりと笑って、溜め息を小さく零した。
「あの子を…まだ置いて行きたくは、なかったんですけどね」
自分の後ろにくっついて、大好きだと無邪気に笑う小さな子供。
自分はあの子の、外との、「壁」だけの存在だと。
それだけだと思っていたのに。
きっかけとは、些細なものだった。
小さな鳥が、私に大きな理由を与えた。
「ふふ、新しい巫女はあなたと仲良くなってくれるでしょうか」
待ち遠しかった銀色世界。
まだかまだかと小さな鳥を待ち続けた、私は、もう。
――いえ、待っていてくれていたのはいつもあなたで。
私は将棋には自信がありましたから。
甘いお菓子は最後まで、食べてはくれませんでしたけど。
「…最後に作って、あげたかったな」
真朱にも鶴梅にも。
最後に特別、美味しいお菓子を。
「…あの子達は良い子なんです。あまりいじめないであげて下さいね?」
いなくなる私の分まで、あの子達に世界のことを教えてあげて下さいね。
そろりと空に手を伸ばす。
自分は此処に存在したのだと。
確かに此処に存在(あ)るのだと。
確かめる様に掌を握る。
「これで、良かったんですよ」
誰かを諭す様に笑ったけれど、空は相変わらず無機質な青色で、そこに彼がいるのかは見えなかったけれど、きっと「そうだね」と笑い返してくれるはず。
優しい小鳥は今どこに、
消え行く巫女は何想う
「…ああ…もう、そろそろですね」
パキパキと崩れる音が耳に響く。
銀色世界の小鳥のさえずり。
それはそれはとても小さく、けれどきっといつか届く。
「もどき、さん…泣かないで、下さい、ね?」
瞼をおろして、ふわりと笑った。
「私は、あなたに出逢えて」
しんしんと舞い降りるのは、雪のようなあなたの羽で。
とてもとても、綺麗だった。
(…パキン…)
「銀朱…?」
小鳥の声と、空が、割れる音がした。
さようなら、私のもどきさん。
◇◇◇
ぼくには何もないけれど
きみの側にはいられるから淋しくなったらぼくを呼んでね
ぼくには何もできないけれど
きみの隣にいたいから
哀しくなったらぼくを呼んでね
思い出すのはあの冬の。
思い出すのはきみの声。
思い出せないあの頃の。
思い出せない雪の色。
あぁ、また逢う日まで、私は眠りにつくとしましょう。
思い出すのはあの頃の。
待ち遠しい冬の雪。
あなたに逢えて良かったと、想う私を許して下さい。
(舞い降りるのは)
世界が終わるのかと君が泣いた(ああ僕は、その涙に触れたくてそっと小さく泣いたのだ)
20071027
20150223修正