「もう私は死んでしまうみたいです」
「…そう」
「折角貴方が梵天となり、私に命を与えてくれたのに。すみません」
「…そうだね」
「少し焦ってしまったみたいです。情けないですね」
「…そうだね」
「ふふふ、今日は怒らないんですか?」
「…呆れているんだよ」
「おや」

それは困りましたね、と笑うと貴方は眉を顰て君は馬鹿だよと私を見下ろす。
あのね、梵天。
私は昔から、貴方が小さい頃から、私が人間であった頃から、貴方のそのころころ変わる表情がとても好きだったんですよ。
冬になり雪が降れば、貴方は苦い顔をして私の話しを聞いてくれました。
私が菓子を手渡せば、苦い顔をして森の奥に帰って行きました。
私が面白くない冗談を零すと、君は馬鹿だねと眉を顰て笑ってくれました。
もしかしたら私はもうその事を忘れてしまうかもしれません。
貴方と過ごした時間を、白緑の想いを、知恵を、簡単に全て忘れてしまうかもしれません。
それでも今は、死ぬまでの間は、私は決して全ての事を忘れたくはないと、願うのです。

「ああ、今では真朱も貴方も私にとっては大切なものなのに。恐ろしいと思っていたあの頃の事を、今はとても愛しいとさえ想うのです」
「…呪いを受けた君がかい?」
「ふふ、まだ呪いの方が良かったですよ。呪いはいつか解けるけれど、死なずの身体ともう一人の者の記憶を持っているのですから、呪いより酷く苦しい」
「…それが真朱との約束だからね」
「ふふ、皮肉なものです。こうして私が生きながらえているのは、私が殺してきた妖の身体なのですから」
「…俺は君を姫巫女だと思っているよ」
「貴方の親の身体ですよ」
「…それでも君は君だろう」
「そうですかねぇ」
「…そうなんだよ」

ああ、そうやって貴方が私を甘やかすから、そうやって変わらず私の言葉を受け止めてくれるから、だから私は天を滅ぼして、貴方や真朱の心を自由にしたかった。
それはただの自己満足で終わるのかも知れないけれど、天がなければ、自由に、幸せになれるのだと思いたかった。
貴方のその優しさと、私のこの自分勝手な愚かさで、天網を崩す事が出来たらと。
ああ、貴方の優しさは、本当に残酷で本当に愛おしい。


「見事に失敗してしまいました」
「…君は馬鹿かい。わざわざ死ぬ必要ははないだろう」
「私は、…死にたくて仕方なかったのかもしれません。なんて言ったら鶴梅に怒られますね」
「…君は、俺の事も置いて逝くのか」
「ふふ、…泣かないで下さいね?」
「…泣くよ」
「ふふ」

 泣かないで。
 うそ。
 泣いて下さい。

少しの間で構いませんから、私が此処に存在していたのだという事実を私に教えて下さい。
私が私であった事、貴方が貴方である事をどうか忘れないで下さい。
貴方の透明で綺麗な涙を私に見せて下さい。
私はまだ貴方の事を忘れたくはないのです。
けれどきっと忘れて逝くから、だからその涙だけでも、どうか忘れてしまわない様に。

「梵天、私は貴方に逢えて良かった。冬にまた、逢えたら良いですね」
「…もう将棋は負けないよ」
「ふふふ、楽しみにしています」

絡めた指が少し震えていたのは、私の気のせいでしょうか。
重くなる瞼のせいで、視界がゆらゆら揺れ動くから、貴方が泣いている様に見えました。
優しい貴方、愚かな私。

「少しだけでも貴方に優しい世界になります様に」
「俺は君がいない世界なんて要らないよ」
「…ふふ、恥ずかしい人ですね」


そう言った私に貴方は優しく笑ってみせた。
感覚がなくなって逝く指先に優しい温かさを感じた。

(もしもう一度逢えるのなら、鶸と菖蒲として。なんて、夢のまた夢でしょうか)






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20090814
20150223修正





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