(…手、繋ぎたいな)



時に残酷なほど純粋な、


(想いのカケラ。)

◇◇◇


「よし、朽葉。飯にするぞ」
「はい、沙門様。鴇、飯にするぞ。篠ノ女のあほを呼んで来てくれ」
「はーい」


日が沈む夕刻。
朽葉に頼まれて、鴇時はいつもの様に篠ノ女を呼びに行く。

「しーのーのーめー。ごーはーんーだーよー!」

篠ノ女の名前を呼びながらパタパタと寺の廊下を走っていく。
この時間、篠ノ女はだいたいいつも同じ場所にいるのだから大声を出して探さなくても良いのだけれど、これもご愛嬌。
鴇時はこうやって篠ノ女を探すことが日課になっている。


篠ノ女がいるだろうと思う部屋をヒョコっと覗き込んだ。
あぐらをかいて書物を読んでいる篠ノ女に近寄り、話かける。

「篠ノ女〜ご飯だよ〜?」
「…聞こえてんだよ、あほ鴇」

パラパラと頁をめくる篠ノ女に、わざとだよとニンマリと笑う。

「…シメるぞ」

書物を閉じて鴇時に呆れる篠ノ女の言葉を無視して、話しを続ける。

「篠ノ女ってさぁ〜難しそうな本ばっか読んでるよねぇ〜」

見た目と中身が違うよね〜と言い終わる前に、案の定篠ノ女に頬をつねられた。

「ひひゃひっへ!ひほほへ!」
「あ〜?何言ってんのか、わかんねーなぁ」

鴇時の両頬をビヨヨンと伸ばしながらケラケラ笑う。
馬鹿にしたように笑いながら見下ろす篠ノ女に、真っ赤になった頬を着物の袖でさすりながら鴇時は「誉めたんだぞっ!」と睨みつけるけれどまたしても頬をつねられた。

「暴力はんたーい!」
「お前が悪い」

ブツブツ言いながらヒリヒリする頬を掌で挟み、部屋を出る篠ノ女の後にくっつき歩く。

こちらの世界に飛ばされてから、こういったじゃれ合いをすることが多くなった。
今までの鴇時では考えられないことなのだ。

流されるまま、周りに合わせて生きて来た。
そうする方が、楽だったから。

(…楽しい)

そう思いながら篠ノ女の後ろを歩く。
この世界ははちゃめちゃだ。
いつの間にか飛ばされて。左目を持って行かれて。
妖が人と同じ様に生きている。

(…変なの)

そんな事を考えながらふと前を見る。
袖口から篠ノ女の手がちらりと覗いた。

(…あ、…篠ノ女の手っておっきいな)

「…繋ぎたいな」

…ん?
あれ?

「…あぁ?何がだ?」
「うわぁっ!!」

自分の前を歩いていたはずの篠ノ女が、自分の顔を覗き込んでいるのに驚いて大声をあげた。

「なんなんだよ…」
「…あ、ごめ…!」

(さっきの聞かれた…?!)

自分の思いもよらない言葉に鴇時は慌てるが篠ノ女には聞こえなかったようで、篠ノ女は鴇時の行動に意味が分からず眉を寄せる。

(聞こえてないみたい…だよね…て、……?)

篠ノ女は、ひとり冷や汗をかく鴇時を覗き込んだまま動かない。

「……?」
「……。」


(な、なんで動かないの?)

暫く篠ノ女を見ていた鴇時だったけれど、少し気恥ずかしくなってジリジリと後退りをする。
が、篠ノ女は離れてくれる様子はない。

「あ、あの、し、篠ノ女さん?」
「……。」

どどどうしよう…!
俺、やばい、…かも!

篠ノ女との距離に、自分の顔が赤くなるのが分かる。
さっきの自分の言葉も頭の中でグルグル回って止まらない。

「?お前、顔赤くねぇ?」
「…!!ちがっ…!」
「…ふ〜ん?」

慌てる鴇時に篠ノ女は意味深気にニヤリと笑う。

「…お前、変な事考えてんだろ」
「な……っ…?!!」

篠ノ女の意地の悪い言葉に更に顔を赤くした。

「俺はっ…!」
「なんだよ?」

ニヤニヤと笑いながら冗談半分でからかう篠ノ女に。

「っ…俺はっ…篠ノ女と手を繋ぎたいって思った、…だけだ…!篠ノ女の、…っ…ばかっ…!」

上目遣いで篠ノ女を睨んで走って行った。


「……………は?」

バタバタと駆けて行く鴇時の後ろ姿を眺めながら、篠ノ女はフラフラと廊下に座り込んだ。

「…手ぇ繋ぎたいだけって…それって告白と同じじゃねぇかよ…」

『…篠ノ女の、…っ…ばかっ…!』

頬を真っ赤に染めて自分を見上げる鴇時の姿を思い出して溜め息を零した。

「あの顔はやばいだろーが…」

いつもの造り笑いで簡単にかわされると思っていたのに。
段々と上がっていく自分の体温に驚きながら、繰り返し呟く。

(あの顔はやばいって…)

髪の毛をぐしゃぐしゃと乱暴に扱い、篠ノ女は眉間に皺を寄せて明日のことを考える。

1、ケロっとした顔で話しかけて来る。
2、気を遣って普通の態度を装う。
3、避けられる。
4、朽葉の飛び蹴り。


(………………………。)

からかい過ぎた自分も悪いが。
3だけはやめて欲しいと思うけれどさっきの鴇時の行動からして、この可能性が一番高い。

「…俺、ヘコむんですけど」

少しからかっただけでああいう態度をされると、不覚にも可愛いと思ってしまった。

「…俺がおかしいのか?」

いや、前々から可愛いとは思ってはいたのだ。
けれど、今日のことが大きなきっかけとなってしまったらしい。

(手ぇ…出しても良いですか…)
もう一人の自分に問い掛けるように小さく呟く。

(…もう我慢は出来ないからな)

でも避けられたら意味がない。

(怒った顔も可愛いだろうが、…とりあえず明日はあいつのご機嫌取りだな)

少し楽しそうに、篠ノ女は笑った。




恋か愛か。
情か否か。

それは時に。
残酷なほど純粋な。


例え全てを忘れても、君の側にいたいと想う。





◇◇◇
掴んだ掌の熱さえもいとおしいの。





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