「ねー、しーのーのーめー」


ぽかぽかと暖かい陽射しが当たる廊下で、ごろごろと寝転がって篠ノ女の名前を呼んだ。
俺は篠ノ女の隣とお日様の匂いが好きなんだ。
廊下の木の匂いも懐かしい感じがして、心が落ち着く。

冬のわりに暖かくて、さっき篠ノ女お手製のあさりご飯を食べたから、満腹感とこの陽射しが良い感じで眠りを誘う。
おなか一杯になったから眠くなった、なんて言ったらどうせ篠ノ女に馬鹿にされることは目に見えている。
篠ノ女には、ないしょ。
でも眠いのは変わらない。
このまま眠ってしまうのもありなんだけれど、ほっとかれっぱなしも何だか悔しくて。
だから、さっきからずっと篠ノ女の名前を呼んでいるのに。


「しーのーのーめー。…ねえってばー」


ほら、何度名前を呼んでも俺の呼びかけに答えてくれない。
篠ノ女は見た目は不良なのに(喧嘩っ早いし)、俺より数倍頭が良くて、いつもちんぷんかんぷんな本を片手に胡座(あぐら)をかいている。
今日も朝から、真剣な顔をして分厚い本と睨み合っていて、俺はそんな篠ノ女の隣でちんまり座っているしかない。
朽葉は沙門さんの仕事の手伝いで忙しそうだし、平八さんも仕事で長屋にいないし、暇人は俺だけだったりする訳なんですよ。


「しーのーのーめの、ばーか」


今度は「馬鹿」という言葉を付け足して、篠ノ女の着物をクイクイと引っ張った。


「…あ?」


それに気付いた篠ノ女は俺のことをちらりと横目で見て、「はいはい、鴇君は大人しくしてましょうねー」と言って、また本に視線を戻す。
うわー、子供扱いだよ!子供扱い!何あれ何あれ!しののめのばーか!しののめの本の虫!


(…しののめの、ばーか)

篠ノ女に聞こえないようにそう言ってプイとそっぽを向くと、篠ノ女はクククと笑った。


「…な、なんだよ、篠ノ女」
「拗ねてんのか、鴇?」
「すっ…拗ねてなんかないよ!篠ノ女のばかっ」
「拗ねてんじゃねーかよ」
「拗ねてねー!」


図星の俺の顔はきっと赤い、絶対赤い。
だって自分で熱が上がっていくのが分かるくらいだ。
こんなの篠ノ女に馬鹿にされる。
絶対笑われる。
俺だけが篠ノ女のことを好きみたいじゃないか。
そんなの、恥ずかしいじゃないか。


「お、俺部屋に戻るっ…」
「おい、」


とりあえず篠ノ女に、赤くなっているだろう顔を見られないように、俯いたまま勢いよく立ち上がる。
そのまま振り向きもしないで廊下を走って行こうと足を動かすと、篠ノ女は俺の着物の裾をぐいっと引っ張ったから俺は少しドキリとした。


「…なんだよ」
「ばか鴇」
「ばっ…馬鹿ってなんだよ馬鹿って…!」
「馬鹿だろーが、おまえ」
「なっ…!だいたい篠ノ女が…!」
「行くなよ、おまえは俺の隣にいろ」
「なっ…!…なんだよ、急に…!」


篠ノ女はまた俺の着物を引っ張って「嫌か?」と見上げる。

(嫌な訳ないじゃないか。何でそんなこと言うんだよ。知ってるくせに、分かってるくせに…)

こんなこと恥ずかしくて言えないから、ぐっと詰まった言葉を飲み込む。


「…べ、別に嫌とか、そんな訳…」
「んじゃまあとりあえず昼寝すっか」
「…篠ノ女は?それ、読み終わってないんだろ?良いの?」
「あ?別にいつでも読めるし、区切りついたしな。それにそろそろ相手してやんないと拗ねる奴もいるしな?」


クククと笑いながら俺を見上げる。
その笑い方も嫌いじゃない俺は、篠ノ女のことがやっぱり好きなんだなぁと改めて思ったりして、さっきよりも顔が熱くなった気がした。
たった一人のこんな簡単な言葉一つで、自分の心がこんなに揺さ振られるなんて、今までにはなかったことで。
こんな不思議な感覚も嫌じゃないと思える俺自身が不思議だ。

ボボボと赤くなっていく顔を見られたくはないけれど、ずっと着物を掴まれていて動くに動けない俺はどうすれば良いのかと視線を泳がす。


「鴇?」


俺の名前を呼んで、着物を掴んでいた指を俺の腕にするりと移動させた。
擽ったくて困った顔をしたら、篠ノ女は「可愛いやつ」と笑って俺の腕を自分の身体にぐっと引き寄せた。
腕だけでなく、もちろん俺の身体も篠ノ女に引っ張られたものだから、篠ノ女との距離がさっきよりも近くなって、俺の心臓はバクバク音をたててうるさい。
どうか篠ノ女にこのうるさい音が聞こえませんように。


「はっ、恥ずかしいやつ…!」
「うるせぇよ、ばか鴇」
「しののめのすけこまし!」
「おー、おまえにだけな」
「!」
「おー、顔真っ赤、ゆで蛸」
「…!!」

言い返そうにも、上手く言葉が見つからない俺にデコピンを食らわせて、目を細めて楽しそうに笑う。
そんな篠ノ女にドキドキする俺は、きっと重症なんだろう。
篠ノ女もそうだといいな。
俺はすっかり篠ノ女のペースに乗せられて、眠気なんてどこかに飛んで行ってしまった。


空気はぽかぽか、心もぽかぽか。
やっぱり君の隣は暖かいんだ。



(いつも一緒にいれたらいいのに)/憧れ焦がれ、キラキラゆれる


すきって言えないくらいすき


2008.12.07
加筆修正2011.07







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