今日も煙草に火をつける真似をして、俺の心を捕らえてばかりいる隠の世の王の姿を探す。
あのこのためなら俺はなんだって出来るのだ、と笑って言ってやったのに(おまえは泣くから)、それならばせめてひとりぼっちにならないように、誰にも気付かれないように傍にいよう。

泣くな。
泣くな、みはる。









「先生、グラウンド誰もいないね」

「ん、…ああ。六条おまえも帰れ」

「いーや」


遅くなると心配するぞと眉をしかめて煙草に火をつけようとすると、煙草臭くなるからヤダ、とペチンと俺の額を叩く。


「先生は俺と一緒にいたくないんだ、ふーん」
「おまえな…」


細い足をぷらぷらとさせながら、先生酷いやとくちびるを尖らせる。
初めからそんなことは思っていないだろうに。
少し腹立たしいけれど、六条にしては珍しく自分の傍にちょこんと大人しく座っているものだから、俺はそれ以上は何も言えなくて(六条にまた遊ばれているんだろうな)と心の隅で諦めるしかない。

いい歳をした大人がこうも簡単に、こんな子供に振り回されて格好悪いことこの上ないのだけれど、相手がこの六条壬晴なのだから仕方ないだろう。
小さく溜息をついたら、くすりと六条に笑われた気がした。
…この小悪魔め。


放課後、もう夕方とは言えない時間帯で、部活で騒いでいた生徒達の姿はもうグラウンドには見えない。
勿論、忍道部の部室にも誰もいないだろう。


「虹一達も帰ったのかなあ」

「この時間なら誰もいないのは当たり前だろうな」


ふぅんと形だけの返事を返して、「よいしょ」と俺の膝の上に乗る。
口角をゆっくり上げ、俺を見上げた。
にこりと、けれど笑ってはいないその表情が俺は厭で堪らない。
嫌いではないのも事実。


授業が終わった後、部室に入ろうとしたら六条に手を引かれた。
「雲平先生、こっち」と小さな声で名前を呼ばれた。
抵抗なんて出来るはずもなく、六条に腕を引かれて歩いて行く。
「虹一にも雷鳴にも知られたくないの」と呟いて、六条が鍵を開けたのはこの理科室だった。
偶然理科室の鍵が落ちてたんだとにこりと笑う六条の顔が少し、いつもよりも少しだけ哀しげに見えたんだ。


「ねー、先生二人きりだよ」


嬉しい?と上目遣いでにこりと笑って、俺の首に手を回す。
指先に髪をくるりと巻き付けてフフフと目を細めた。


「さあ、どうだろうな」

「嬉しくない?」


六条が言うように、理科室には俺と六条の二人しかいない。
六条は俺の膝の上に向かい合わせで座っている。
我が儘な小さな子供のように脚をぶらぶらさせて、長い睫毛が魅力的な瞳で俺を見上げた。

ああ、そうか。
俺達は似ているんだな、きっと。


「こんなとこ、虹一達に見られたら大変だね?問題になったりしてね」

「…清水には殴られるな、俺が」


相澤は無関心な振りをする六条しか知らないだろう。
いや、知っているだろうけれど、相澤は知らない振りをするだろう。
そして、六条は何も言わないし何も言えない。
こんな風に哀しげに笑う六条を知っているのは、俺一人だけで良い。
それで良い。


「ねえ雲平先生。先生は俺のこと好きなの?」

「…ああ」

「契約、したよね?」

「ああ。俺は六条壬晴だけのものだ」

「…知ってる」


そんなの知ってるよと、首に回していた腕に、少し力を込めて小さく呟く。


「でも俺は先生のものじゃないよ。俺は誰のものにもならないよ」

「分かってるさ」

「…先生は分かってない。先生は馬鹿だから俺のせいですぐ怪我をするじゃないか」

「そうかもな」

「…馬鹿な先生なんて嫌いだ」

「そうか」


嫌い、は嘘だろう。
六条は自分の言葉を隠したがる。
気持ちを上手く言葉に出来ないのか、面倒なのか、傷付き、傷付けたくないからか。
寂しいのだと、想いが溢れ出てしまいそうになるからか。
俺達は似ているな。
なんて言ったら、六条、おまえは似てなんかいないと怒るだろうか。

八つ当たりでも良いんだ。
俺への言葉はそれだけで良いんだ。
先生は馬鹿だ。
先生なんて大嫌いだ。
先生なんてただの偽善じゃないか。
それで良いんだ。
その言葉に少しでも六条の本物の気持ちがあれば良い。

傷つくのは嫌。
誰かがいなくなるのは嫌、俺のせいで先生が怪我するのはもっと嫌、だから。
そう言って泣きながら俺を真っ直ぐ見たおまえを愛おしいと、そう想えた俺を、俺の手を、振り払わずにいてくれるのだろうか。

いや、例え振り払われたとしても、それでも、俺はおまえだけのものだ。
だからおまえのために俺は生きて、おまえのために俺は笑う。

簡単に消えたりはしないさ。
そう呟いた俺に、六条は良かったと小さく笑った。


(はなれないで。はなさないで、ずっと)


「みはる」


火をつける真似をして、泣き出しそうな小さな王をそろりと抱き締めた。



(傷つくのは嫌。誰かがいなくなるのは嫌、俺のせいで先生が怪我するのはもっと嫌、だから。だから、俺は誰のものにもならないって決めたんだよ。だけど、)

ひとりぼっちは
いや



そっと全部僕を燃やして灰にして/インチキな言葉は繰り返す想いの代わり


20080813
20110803修正








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