もう何度目だろう。
絶望したのは、死にたいと想ったのは、あなたのことがいとしいと泣いたのは。
この想いは死ぬまでずっと、死んでもずっと、きっと叶うことはないんでしょうね。
遺るのは自分の醜い想い。
残るのは左手首の白い痕だけ。






「お、レオ君来たねー」
「午後のスケジュールの確認であります」


いつもと同じように白蘭様の部屋で午後からのスケジュールを読み上げる。
特に何かある訳でもなく、ファイルを開いて、ただひたすら文字を淡々と読んでいくだけで、ソファーに座っている彼も退屈そうに欠伸をする。


「…以上でありますが、何か質問はありますか?」
「んー?そうだねーこれと言って特にないかなー?」
「では、自分はこれで」
「あ、ねえ」


パタンと黒いカバーのファイルを閉じて一礼すると、「レオ君待ってよー」と声をかけられた。
期待などという浅はかなことは一切していなかったけれど、名前を呼ばれて少しだけドキリとした。
僕は単純な生き物らしい。
それだけで哀しくなるんだから。
ああ、なんてばからしいんだろう。


「ねーねーレオ君、お昼食べちゃったりしたー?」
「いえ、まだでありますが…」
「あそこのパスタ屋にさー新しいメニューが出来たんだってさ。一緒に行こうよー」
「はぁ…でも自分はまだ仕事がありますので…」
「えーまたぁ?」
「すいませんであります」


ぺこりとまた頭を下げて部屋の外に出ようと分厚いドアに身体を向けたら、目の端にクリーム色の花が映った。
甘い香りがツンと鼻を掠める。


「あー、その花ありがとねー。レオ君が飾ってくれたんでしょ?僕、甘い匂い大好きだよ」
「それは良かったであります」


硝子のテーブルの上に無造作に置かれたチョコレート入りのマシュマロを、細い指でふにふにと摘みながらその花を見て笑う。


「美味しそうな匂いだよねー。なんていうの?」
「ダチュラでありますよ、白蘭様」
「お、レオ君詳しいんだねー」
「いえ、これくらい普通でありますよ」
「普通じゃないじゃん、すっごいよー」


「有難うございます」と、にこりと愛想笑いに近い笑みを浮かべると、手にしていたマシュマロを口に含んで「ふふふ」と笑う。


「なんでありますか?」
「困った時のレオ君のまゆげってふにーって下がるよねー」
「そうでありますか?」
「そうだよー。ほら、今もふにーって!」
「はぁ…」
「ほらほらー」


子供っぽく僕の眉を指差してケラケラ笑う。
(困っている理由はあなたなのに)、そう僕が伝えたらあなたはどんな表情をするのでしょうか。
いつもみたいに子供のように笑って下さいますか?



「白蘭様」
「んー?」
「ダチュラの花言葉はご存知でありますか?」
「んー?なぁにー?」
「夢の中、偽りの魅力、であります。…それから」
「それから?」
「変装、でありますよ、白蘭様」
「…へえ?」
「ダチュラは有毒でありますから、余り触れられませんように」
「…そう」
「――白蘭様、今なら簡単に霧の守護者の器を壊せるでありますよ?」


にこりと笑って首を傾げてみる。
不思議と何もこわいとは思わなくて、ただ、目の前の彼だけがゆらりと揺らいで見えた。
子供っぽく笑っていた白蘭様の顔は少しだけ歪んだ気がした。










「…びゃ、くらん、…さ、ま…」


細い冷たい指が僕の首にピッタリ重なる。
ひんやりしていて少し擽ったく感じた。
切れ切れに名前を呼んで、その感触が嬉しくてふんわり笑うと、力を込めていた白い指がゆるやかに放れる。
首にかけられていた強い力がゆるゆると解けて、僕は止められていた呼吸を再開した。
酸素が全身を廻って、今までぼうっとしていた思考が呆気なく目を醒ます。
冷たい滴が頬に落ちて来て、僕はどうしたのかと白い天井を見上げた。
プラチナの髪が眩しくて目の前が光りで揺れる。


「何故、あなたが泣くのでありますか」


(泣きたいのはこっちなのに)


ひとつ溜息をついて、まだ首にかけられている指に自分の指を重ねると、微かに彼の指が震えて、それを感じた僕は本当に泣きたくなった。
あなたを想って毎日毎晩神様に祈りながら泣いているというのに、まだ涙は枯れないというのか。
その冷たい白い指で僕の息の根をピタリと止めてくれるのなら、僕はあなたのことを忘れられるかもしれないのに。


「自分は白蘭様の敵でありますよ?今なら簡単に殺せるというのに」
「レオ君、」
「今すぐ自分を殺して下さい」
「レオ君、」




(ああ、あなたに伝えられないのなら、僕は今すぐ死んでしまいたい)


そうしてまた小さく泣いたら、白蘭様に抱きしめられた。



あおいきず



 この声が届かないのなら、僕は声なんていらない。この想いが届かないのなら、僕の想いなんていらない。このあなたの名前を叫び続ける心臓の音が届かないのなら、僕の躯の真ん中にある命の結び目なんていらない。
(いつか届くなんて、そんなこと思っちゃいないさ。絶望しか見えない僕の生きる術なんて、ひとつもないんだから)


終わるのは想い、終わるのは夢、終わるのは希望、終わるのは明日、終わるのは君への唄。

終わらないのは、絶望。






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五十音式はじまりは、あ
2009.01.01







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