夏休みが始まった。
とりあえず出された課題は大体終わらせた。
終わらせた、というよりは―いつの間にか終わっていた―、というのが正しいのかも知れない。
パズルのように数字を合わせていくのが楽しくて、なるほどこうなる訳ですね、と読みかけの文庫本のこともすっかり忘れてしまっていた午後。
黒子っちー!と、今にも泣き出しそうな声が窓の外から聞こえたから、ああもう面倒臭いことになりそうですと数学の教科書をパタンと閉じた。
暫くはゆっくり出来そうだと思っていたけれど、自分のことを唯一「黒子っち」と呼ぶ彼に静かな夏休みを奪われてしまいそうだとため息を吐き出す。
それでも、嫌ではないと思うのは彼だからだろうか。
仕方ないですね、と小さく呟いて彼が待つ玄関先に足を向けた。









「黒子っち久しぶりっス!」

「お久しぶりです」

「これ、お土産っス」

「ありがとうございます」

「えへへ〜」

「どうぞ」

「お邪魔しまーす」


きちんと靴を揃えて僕の部屋がある二階に上がる。
黒子っち今日も可愛いっスねと言う後方からの声は、無視しておこうと部屋のドアを開けた。


「適当に座ってて下さい、僕麦茶入れて来るので。あ、ベッドは駄目ですよ。君はすぐ変なことしますから、気持ち悪いことはしないでください」

「黒子っちヒド!変なことって…ただ黒子っちの匂いを楽しんでるだけで…嘘ですごめんなさい」

「…次はないですからね、次は」

「黒子っち怒んないで…、…あれ?そういえばおばさん達は?」

「ああ、皆出掛けてますよ」

「へぇ、旅行っスか?」


今日は「黄瀬くんいらっしゃい」とにこやかに彼を迎える母親はいない。
こうやって、自分で黄瀬くんを部屋に上げるのは珍しいですねと彼を見上げると、バチ!と黄瀬くんと視線があった。
えへへと笑うと、手にしていたマジバの袋を僕の目線に合わせてぷらぷら揺らした。


「何ですか?」

「えへへーなんか新婚さんみたいだなあと思って」

「…どこがですか」

「ほら、可愛い黒子っちがいる家にお土産持ってただいまーって帰って来る感じとか?」

「そんな要素一つもなかったですけど。それに僕は可愛くありません」


ぷいとそっぽを向くと、えー黒子っち超可愛いのに!という抗議の声が聞こえて来た。
相変わらず反応する場所が違いますねと呆れると、えーそうっスかねーとへにゃっと笑うから何だか彼の頬をきゅっと抓りたくなった。
麦茶は良いから、とりあえず俺が買って来たバニラシェイク飲もうよと笑う黄瀬くんの隣に座って、タイミングをうかがうことにした。





******



「黄瀬くん、僕の話し聞いてますか?」

「…んー?」

「聞いているんですか、聞いていないんですか」

「あたたたたた!痛い黒子っち!」

「僕、明後日から合宿なんですけど、…聞いてましたか?」


それぞれの学校生活のこと、部活の先輩のこと、好きなドラマのこと、一通りたわいない話しをしてゆったりとした時間を過ごす。
眠いかもーと身体を寄せて来た黄瀬くんに、鬱陶しいですと眉をしかめるけれど、スリスリと頬を背中に擦りつけてくる。
そのまま僕を膝に乗せて、後ろからぎゅうっと抱きしめ、僕の肩に顎を乗せた。

一緒に買って来てくれていたハンバーガーを咀嚼した後、ずずずとシェイクを口に含む。
時間が経って程よく溶けたシェイクは甘くて喉越しが良い。
やっぱりマジバのバニラシェイクが一番ですね、たまには黄瀬くんも良い仕事をするじゃないですかと、買って来た本人をちらりと横目で見る。
なぁに?と首を傾げる黄瀬くんに、いいえ何でもないですよと首を振る。
その代わり、自分の腹に回っていた黄瀬くんの腕を、ぎゅうっと遠慮なく抓る。


「痛いっス…」

「痛くないです」


しっかりと筋肉がついた腕は(バスケをしているのだから当たり前なのだけれど、)一瞬離れるけれど、またすぐ同じ場所に戻る。
モデルの仕事をしているからか、肌も普通の男子高校生とは違って心なしかきめ細かに見える。
さすがプロだなと思うけれど、これは自分の――恋人――という立場にいるからそう思えてしまうのだろうかと、ぼんやり考える。

そういえば、昨日発売された雑誌でも特集を組まれていたっけ。
本屋で立ち読みしていた女子高生達が格好良いとかどうとか騒いでいた気がする。

――まあ僕は興味ないし関係ないんですけど。

何だか胸の奥がモヤモヤして、とりあえずまた抓ってみることにした。


「痛い!いたいいたいいたいっ!」

「気にしないでください」

「ちょ、ま、気にするっス!なんでさっきから意地悪するんスか!」

「黄瀬くんが馬鹿だからです」

「ひどい…」


めそめそと泣く黄瀬くんをほったらかしにして、またストローに口を寄せた。

こうやって、彼に冷たくしたところで、黄瀬くんは自分を嫌うことはないし、自分から離れて行くこともないのだろう。
自分が好きだというバニラシェイクも忘れずに買って来てくれる、そんな何気ない優しさをくれる彼に、自分はどんな風に写っているのかと考えてみたけれど、思ったような答えは見つからなくて、僕は冷たい人だと思われているんでしょうかとシェイクを飲み干した。


「で、なんの話ししてたんだっけ」

「…黄瀬くんは僕のことが嫌いなんですね、哀しいです…」

「くろっ…!」


僕の話しはつまらないですかとしょぼんと嘘泣きをしてみると、慌てた黄瀬くんに黒子っち大好きっス!!と後ろから抱きしめられた。


「そんな取ってつけた言葉はいりません」

「黒子っちぃ……」


暑苦しいですから離れてくださいと言えば、泣きそうな声で黒子っちーと何度も名前を呼ばれ、更に力を込めて抱きしめられる。
まったく君は犬ですかと呆れると、嬉しそうに、えへへ黒子っちにだけっスと首筋にくちびるを寄せてくる。


「火神っちも犬っぽいけど、こんなこと出来るのは俺だけスよね?」

「何ですかそれ。…コラ、黄瀬くん駄目ですよ」

「分かってるっス。ちょっとだけ、ちょっとだけっス」


ね、お願い。
少し寂しそうに、そう言われるとこれ以上駄目だなんて言えなくて、黄瀬くんは卑怯ですねと呟くとたまにはねと耳元で囁かれた。
くすぐったいですと、身体を捩るけれど、だぁめと言って中々離れてくれない。


「俺も合宿について行こうかなあ」

「は?」

「だって黒子っちいないとか有り得ないし寂しいし。あ、それに火神っちと試合したいし」

「…遠慮します」

「えー!なんでっスかー!黒子っちは俺と一緒にいたくないの?」

「そうじゃなくて…、そんなことしたら君んとこの先輩が合宿場に乗り込んで来そうじゃないですか。間違いなく君が大変なことになりますよ?」

「あー……」


想像しただけでもこわいスね、あーどうしようかなーとしょんぼりしている彼の髪を小さく引っ張ると、この悪戯っ子めーと僕の耳たぶにわざとらしく、ちゅっと音をたててキスをした。


「駄目ですってば」

「黒子っちの邪魔になるのは嫌だし、うーんお預けかあ…」

「それに黄瀬くんの方が大変じゃないですか。夏休み中は撮影もあるんでしょう?」


確かハワイでの写真集撮影があると聞いていたし、黄瀬くんもバスケ部だ。
撮影で疲れていても、無理矢理合宿に連れて行かれるだろう。
それに中途半端は嫌な彼だから、無理はするなと止められても大丈夫だとへらりと笑って練習に参加するのだろう。
ああそうか、僕はそんな黄瀬くんのことが好きなんですねと今更そんなことを思って、頬が緩む。


「ん?何?」

「いいえ、なんでもないですよ?」


ふるふると首を振るとふぅん?と軽い返事が返って来た。
と、同時にくるんと向きを変えられ、思ったより間近にある黄瀬くんの顔に少し驚いた。

こんなに近くにいて、自分を好きだと言う彼も、世間一般では美形だイケメンだ彼氏にしたいと騒がれるモデルなわけで。
確かに綺麗だなと、確かめるように黄瀬くんを見ていると、今度はくちびるにちゅっとキスをされた。


「駄目だって言ったのに…」

「…駄目でもするよ?だってしばらく会えないし、黒子っちを充電しないと俺頑張れないもん」

「…それは困りましたね」

「ね?だから、駄目でも今日は俺のわがまま聞いて?嫌?」


…ああそんな顔、卑怯です。
格好良いとか綺麗だとかそんなことを少しでも思った僕が馬鹿でした。

今日だけですからね、と黄瀬くんの首に腕を回すと、黒子っちってばやっぱ可愛いッスと啄むようなキスをされたから、そんなことないですよと黄瀬くんの頬をきゅっと抓ってみた。


お説教は合宿後にでも。
お土産も忘れないでくださいね。






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20110810拍手文

夏休みなので、たまには黄瀬くんに優しい黒子っちを。
不意に見せる格好良さにメロキュンな黒子っちを書きたかったのです。
下っ端口調じゃない黄瀬くんは格好良いと思うのです。
(世界が終わる前にキスをしよう/夏休みVer.)









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