永久トライアングル
何事も、初めて挑戦するものならばどんなものであっても、極めて難題である。
鉄棒の逆上がり、自転車の補助輪無し走行、予防接種――
折り紙一つにしても、最初は三角、四角折り、そこから船、やっこさん、鶴…。
大人になれば誰もが簡単に折れる鶴も、幼児にとっては、まず初めの方に訪れる高い壁であろう。
(……こんなの簡単じゃん)
佐助は、パサッと完成した鶴を置いた。好きな緑色で作った、初めてとは思えないほどの出来。
周りは全員苦心しながらやっているが、なかなかできないらしく、折り紙がしわくちゃになり放題。
(何でこんなもんができないんだろ…)
冷めた思いで皆を窺っていると、斜め前に座る幸村の、一際必死で取り組む姿が目に入る。
すると、それまで胸にあったシラーッとしたものが一瞬で消え、佐助の頬に微かな朱が落ちた。
すぐさま佐助は幸村の元へ行き、
「だんな。…そこは、そうじゃないよ」
「さっ、さすけ」
幸村は、すっかりこんがらがっているようで、悔し涙でも流しそうな表情。
佐助は、自分の華麗な手先を見せることで、これが尊敬の輝きに変わるのを想像するだけで笑顔になりそうなのを抑えつつ、
「ほら、ここを――」
と、赤い折り紙に触れようとすると…、
「すげぇー!まさむね!」
わあー!と歓声が上がり、佐助と幸村、その周辺にいた皆も振り向いた。
「なになに?」
できた輪に全員群がり、当然二人も向かう。
「すごーい、まさむねくん!先生みたいに上手!」
「見せて見せて!」
「Ha!こんなもん、簡単だろ。すぐできたぜ…」
中心にいた政宗が、佐助と幸村に気付くと、
「Hey、ゆきむら!勝負だ!おれとお前の、どっちが上手いか」
と、青い鶴を見せつけ、いつもの自信満々な笑顔を向ける。
(しまった。さっさとだんなの分、折っててあげれば良かった…)
後悔とともに、佐助は政宗を睨むが…
「……い」
「え?」
「Ah?」
幸村の小さな呟きに、佐助と政宗が、同じように彼を見返すと、
「すごい…!すごいでござる、まさむねどの!どうやって折ったのですかっ!?」
幸村はパッとその鶴を取り、「ふわぁぁ……」と、空気の抜けたような感嘆の音をもらす。
「…きれーでござる……。良いですなぁ…」
キラキラとした目と、うっとりした顔で、鶴を手放そうとしない。
「……」
黙って幸村を見ていた政宗だったが、徐々にその顔は色付いていき、
「…そ、…う、かよ。ま、そう…だろ。Ahー…チョロいもんだぜ、こんな…」
「ほんとに上手でござる!」
「……じゃ、じゃあ、やるよ…これ」
「え!?良いのですかっ?」
「Ahー。…そうだ、ちょっと待ってろ」
と、政宗は余っていた折り紙の中から赤い一枚を取り出すが――
「うわ〜!すっげえ、さすけー!」
「かっこいいー!」
「「!?」」
再び同じように上がった歓声に、幸村と政宗はそこへ向かう。すると…
「…さすけ!?それは…っ」
「あ、だんなぁ」
佐助はニコッと笑い、「ハイ、だんなにあげる!」と、それを手渡した。
「うおぉぉぉぉ…!!」
幸村の顔は先ほどよりも数倍輝き始める。
その手により震えさせられていたのは――
……巨大な、赤い鶴。
(素早く上手い口回しで、先生から大きい画用紙をもらっていた)
「ほら、こっちのもあげる」
と、佐助は自分の折った緑色のと、新たに折った赤色の鶴も見せた。
幸村は、ますます笑顔になり、
「これがおやかたさまで――こっちがおれとさすけだな!?」
佐助もニコニコと、
「あ、分かってくれたぁ?」
「むろんだ!ありがとう、さすけ!たからものにする!」
「わ〜、おれさま、大感激〜!」
――チラッと幸村の背後を見ると、
「……」
…政宗の、真っ直ぐに佐助を睨む視線。
(……この、サル真似野郎…)
(――コイツ……だんなの敵だと思ってたのに、おれさまの敵だったんじゃん……)
キャイキャイさざめく幸村と周りの子供たちの中で、二人は、とても幼児らしからぬ表情と空気をドロドロと漂わせていた。
そして、月日は過ぎ……
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