理想と現実
名前は俺の彼女ってやつだ。
俺は一目惚れってやつだった。
でもって初恋ってやつでもある。
最初は自分のもんになるなんて思ってなくていつも手の届かねぇとこに名前はいた。
そんな名前が、今俺のもんになってる。
そりゃもうすげー嬉しいし大切してぇって思う。
けどそう思う反面、焦りもあって俺は必死だった。
「…純ってば聞いてる?」
「あ?わり、ぼーっとしてた」
「もう…」
必死になりすぎて、今みたいなこともよくある。
男に絡まれてると思って助けに行けばただの知り合いだったり、手を繋ごうと思って手を伸ばせばいいタイミングで伸びをされたり、抱き締めようとすれば靴紐がとか言ってしゃがまれたり。
なんかもうベタに避けられることもあって実はわざと避けられてるんじゃねぇかって感じる。
行き場のない恥ずかしさは態度に出るし、ほんと格好わりぃ。
初めてだから仕方ないのかもしんねぇけど、なんか俺ばっかり好きな気がして物足りなくなる。
手に入れることすら叶わなかったかもしんねぇってのに、手に入れたら手に入れたでもっと欲は溢れてくる。
所詮男なんてこんなもんなんだなって、思い知らされる。
勢い余って遠回しに告白した時も、名前は普段通りだった。
俺は名前の照れた顔を一度も見たことがない。
それがまたなんか悔しくて、必死に頭ん中の引き出し漁って手段を探す。
タイミングよく今は名前と教室で二人きり。
引退した俺らは部活へ急ぐこともない。
次の休みにどっか行こうって話をしてて、候補を挙げては名前は黒板へと書き出していた。
「…名前」
好機とばかりに名前が黒板の方を向いている隙に近寄って、振り返り際に壁に手をついて逃げられなくする。
まあ俗に言う壁ドンってやつ。
いきなり俺が至近距離に居ればさすがの名前も驚いて赤くなるだろう。
そう思ってやったことだった。
「純…?」
俺の思惑通り、驚いてる。
けど照れはしなかった。
なんだよこれでもダメなのかよ。
もうこれ以上はどうしたらいいなんてわかんねぇよ。
顔近づければ目を閉じて、いとも簡単にキス受け入れようとするし。
なんか、俺ばっか必死になって馬鹿みてぇ。
キスはせずに額をくっつける俺。
元々キスはまだするつもりはなかった。
焦ってんのバレバレに見えそうだから。
「純…?」
「…お前の気持ちがわかんねぇ」
「え…?」
「お前は、なんでいつも澄ました顔してんだよ」
言うつもりなんてなかったこと、自然と口に出してた。
そこまで俺は追い詰められてたのかもしれねぇ。
「…澄ましてなんか、ないよ」
「澄ましてんだろうが現に今だって…っ!」
くっつけた頭を離して反論しようとしたら、背中に腕を回される。
要するに抱きつかれたってことで急な展開についていけない俺。
「…澄ましてなんか、ない。
ただ、どうしたらいいのか分かんなくて…私、付き合うのとか初めてだし…」
ぎゅっときつく抱きつかれて顔は見えねぇけど、緊張してんのは密着してる体から伝わってきた。
なんだよ、お前も初めてなのかよ。
一番に出てきた正直な感想はこれだ。
けどそんなのはどうでもよかった。
名前だって俺といる時は緊張してんだって分かったし。
俺はああすればいいとかこうすればいいとか、漫画ではこうなるとか、理想を求めすぎてた。
けど現実は、本気で好きだからこそ慎重になるし同時に焦りも生まれる。
余裕なんてあるわけがない。
それを教えてくれたのは、名前だった。
もう格好つけんのはやめだ、背伸びすんのも。
「…好きだ、名前」
今まで考えてたシチュエーションとか全部頭ん中から取っ払って、俺は名前を抱き締めた。