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「疲れてるのに送ってくれてありがとね、蛍」
住宅街の一角にある我が家の前に辿り着き、私は自分の彼氏に恭しくお礼の言葉を述べる。
「何?急にしおらしくなって気持ち悪い。だって桃子、送らなきゃ不貞腐れるでしょ」
「ちょ。可愛い彼女に向かって気持ち悪いとは何事かな、蛍くん」
「あれ。彼女だったんだ?こそこそ校門で待ち伏せとかするから、てっきりストーカーかと思った」
「…酷い言われようですね。私」
普段、部活ばっかで構って貰えないからって、連絡もなしに勝手に練習終わるのを待っていたのは確かに私だけども。
そんな後ろめたさも手伝って、彼氏を気遣う優しい言葉を掛ければ、気持ち悪いだのストーカーだのと返ってくる。
これって恋人としてどうなのだろう?
本来ならここは甘い雰囲気になるシュチュエーションではなかろうか?
「何か蛍、機嫌悪い?」
「悪いよ」
元々、素っ気ない言い方をする人だけれど、今日の蛍は何だかいつもより刺々しい。他人から見れば分からないような些細な違いだけれど、どことなく眉が釣り上がっている様に見える。
学校から家までの帰り道も私が1人であーだこーだ喋っていただけで、蛍はいつにも増して気のない相槌ばかりだったし。
「もしかして、待たれるの迷惑だった、とか?」
こんなことしたら重いかな?とは思ったんだ。蛍は嫌がるかなって。
ついさっき他の部員さんたちに盛大に冷やかされて、迷惑この上ないみたいな顔をしてたのを思い出す。
「ごめんね。もうしないから」
「そうだね。今日みたいな真似二度としないで」
あぁやっぱり。だから機嫌が悪かったんだ。はっきり言ってもらって良かったじゃない。これから気を付ければいいんだし。なのにどうしてだろう。みるみる気分は沈んでいく。
「桃子」
「……」
「桃子。聞いてんの?」
「は、はい!」
「何でそこで落ち込むわけ?」
「何でって…そりゃ、落ち込むでしょ。さすがの私も心臓にまで毛は生えてないよ」
首が痛くなる程ずっと上にある端正な顔を見上げる。すると、見下ろす蛍の読み取りにくい視線とぶつかり、あからさまにハァーと長い溜め息をつかれた。
「心臓に毛は生やさなくていいけど、もう少し賢くなった方がいいかもね」
「すいません。意味が分からないので馬鹿にも理解出来るよう説明してもらってもよろしいでしょうか?」
「…何か嫌だ」
「なっ。何かってなに?何かって!人がこんなに丁寧に頼んでるのに。やっぱり蛍には緑色の血が流れてるんだ」
「何それ。そんな人間いる訳ないでしょ」
もどかしくて次第に私の声は荒くなる。
一方で蛍はいつものように淡々としていて取り乱すこともない。
少しでもボケ返してくれれば可愛げもあるのに。
「蛍のバカ」
「バカって子供じゃあるまいし。もう少し言葉のボキャブラリー増やしたら?そもそも、そんな奴の彼女は誰なの?」
「…私?」
「何で疑問形なの。違うの?」
「ううん。違わない」
「なら、堂々と待ってればいいと思うんだけど」
「え、あ…」
さらりと出た蛍の言葉が、脱線しかけたさっきの話だと気付くのに少し時間がかかった。
「普段、ずけずけ言いたいこと言うくせに、こういう時だけ何で女子になるかな」
「あのお言葉ですけど、普段も私女子ですよ?」
「じゃぁ、仮に女子だとして。女子があんなとこで連絡もなしにこんな時間まで待ってることは危ないことだと思わない?」
何だか色々引っ掛かる所はあるけれど、それってつまりはそういうことで。
「心配、してくれてるの?」
「別に。あくまで一般論を言っただけだし。そう解釈してもらっても構わないけど」
「うん。じゃぁ、都合良く解釈する」
嬉し過ぎて頬が緩む。
その頬を、ねぇ本当に分かってるの?と右手で軽くつねられて。ちょっぴり痛いけど、今はその痛みすら嬉しい。きっとまた気持ち悪いと言われるのだろう。
20141107
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