サトシは未だ寝れないでいた。
かれこれ2時間は経つだろうか、瞳を閉じても寝返りをうっても、終いにはメリープを数えてみたりしたがそれでも目は覚めるばかり。
早めに布団に入ったはずだがいつもの就寝時間さえ過ぎてしまったようだ。
まあ、無理に寝ることもないか。
彼はジャケットを巻き付けベランダへ続く重い扉を押した。



外は案外寒かった。
目の前は海なので当たり前といえばそれまでなのだが、陽が明けた後のことを考えると胸が高なりそれどころではなかったらしい。

みんなが応援に来てくれた。
蝶だって鷹だって亀だって、火竜だって。
もちろんずっと彼の傍にいた黄色の電気鼠は言うまでもないが。

そう明日はポケモンリーグ決勝戦であった。
ポケモンリーグといえば彼も何度も挑戦してきたが、今回は殊更特別だった。
これで最後にしよう、と考えてきた大事な試合だからである。



夢は遥か遠かった。
幼い頃から思い描き叶えられると信じていたがそうではないことを薄々感づき始めたのはいつからであっただろうか。
もうすぐ成人を迎える彼にオーキド博士が送ったのはトキワのジムリーダーの称号、すなわちそれは旅の終を意味する。

それをすんなり受け入れたのは夢を諦めたからではない。
やり切ったからこそ、の選択だった。
ここで歩む道を変えても胸を張って歩いてゆける、サトシは信じていた。





「…さむっ」
ぴゅうと吹き付ける潮風に身を縮こませベランダの手摺りに寄り掛かる。
陽は、まだ明けない。
海の向こうはまだ闇に包まれたままだ。

「サトシ?
寝れないの?」
いきなり投げかけられた言葉にびくりと後ろを振り向くとそこにいたのは橙頭。
そうだ、こいつもはるばる応援に駆け付けてきてくれたんだっけ。
じわりと、心が熱くなった。





「ほらほら、お子ちゃまはもう寝る時間よ?
早く寝なきゃ、明日は起きられないわよー。」
などと言いつつも外は寒いわね、とこちらに来るカスミに苦笑する。
脱いで渡してやったジャケットを彼女は素直に受け取り代わりに差し出されたカーディガンを彼は羽織る。
「お子ちゃまじゃないし、起きられないなんてことはありませんー。
わくわくして寝れないだけだよ。」
それは分からなくはないけどね、と彼女は袖の長い手を擦り合わせふーっと白い息を吐く。
靄となったそれはふわりと空気に溶け次第に暗闇に消えていった。



「でも、あんたが旅を止めてカントーに帰ってくることなんて考えたことなかったわ。
いっつも帽子被ってリュック背負って、ピカチュウと歩いているイメージしかなかったんだもん。」
「ま、何事にも終わりは来るってことかな。
確かに寂しい気はするけど、ジムリーダー業も楽しみだよ。」
リーダー業なめるんじゃないわよ!と振りかざされた腕をひょいと避ける。
おれたちのこんな関係もこうやってまだ終わりは来ないのかな、そう思うと彼は少し複雑な気分になった。
だんだん、空が明るくなってきた。



「…長かったな、ここまで。」
「本当?
あんたのことだからあっという間だったんじゃないの?」
「そうでもないさ。
楽しいことばかりじゃなかったんだぜ。」
ははっと漏らす乾いた笑いに彼女は優しく微笑んだ。
「…長い間、おつかれさまでした。
ちゃんとカントーに帰ってきたら…
そのときはちゃんと、おかえりって言ってあげる。」
藍色の空は、もうそこにはない。
柔らかなオレンジを海は映す。



ごくごく自然に、ぼそりと彼は呟く。
「空と海の境目って、何なんだろな。」
「えっ?」
「ほら、地平線見ろよ。
境目なんて見えないじゃん。」
おれ、オレンジ諸島旅していた頃から気になっていたんだよなと向こうを見るサトシにつられてカスミも前を見た。
「カントー帰ったらさ…
答え探しに行かねぇか?
一緒に。」
え、と振り向いた彼女。
彼は朝日に照らされた顔を依然前に向けたままで、表情をうかがうことはできない。
「…仕方ないわね、そのかわりちゃんと表彰台の真ん中に立つのよ?」
「…任せとけって!」

空のオレンジに照らされたふたりの顔は海のようにきらめく。
前に向けられお互いの表情はわからないが言わなくともわかっていた。
ごめんねもがんばれもありがとうも、何もかも、わかっていた。
言葉なくとも繋がっていたこれまでの日々が追い風のように後押しした。


陽が完全に昇るまで、あと数時間。
さあ試合開始まで、あと少し。
幼き日に描いたあの夢に少しでも近づけるよう今はただ祈るだけ。
だからそれまでは、潮風にあたりふたりだけでこのオレンジに包まれていたい。
朝焼けの向こう、いつぞやの7色の鳥が飛んでいた。











また1歩踏み出す日
はじまりはいつもこの景色















091206
もゆさまへ捧げ(正しくは送り付け)ます、ソラくん誕生お祝いです…!
説明なんていらないとは思いますが、もし!万が一!ソラくんって何?という方はもゆさまのサイトにお邪魔してみてくださいね。
あーら不思議、力量の差が一目瞭然、とても素敵ですよ(^ω^)
…ふざけが過ぎましたがもゆさま、この度は相互しかり名付け親しかり、ありがとうございました!



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