「シゲルー、疲れた」
「あともう少しで閉園だろ。君はそれぐらいも我慢できないのか?」

割のいい遊園地のバイト。
だいたい週四日で平日は学校が終わってから22時まで、休日は・・・まぁ、丸1日潰れることが多いが、その分給料はいい。

面倒なのは1つのアトラクションを担当すると何度も同じ作業で客を見送るワケで、客は初めてのアトラクションでわくわくしようともこっちはそれを何十回目かの笑顔で見送るのだ。正直辛い。
ま、それが働くということだから文句は言えないが疲れるものは疲れる。


「今21時30分か、この頃になると観覧車って混むんだよなー、カップルで」
「今日は平日だからそうでもないけど」


この遊園地にもベタ過ぎるほどの噂がある、観覧車の頂上でキスすると永遠の愛を手に入れられるだとかなんとか。

「・・・別れたときどうすんだろうな」
「そういう時は都合良く思い出もなかったことになるよ。恋愛なんて幻みたいなものだしね」


「シゲルって、結構冷めてるとこあるよなあ。・・・こんばんは、ようこそ観覧車へ」

雑談をしていても客がくれば瞬時にお決まりの笑顔で迎える。
目の前の恋人たちにはお互いのことしか見えてないみたいだけど。


「足元に気をつけてお乗りください」

「私、貴方と永遠の愛を誓いたいわ」
「僕もだよ。君とずっと一緒にいたい」


こんな会話も何十回聞かされたことか。

(勝手に誓ってくれ)

中には観覧車から降りたら別れ話をしているカップルがいることを教えてしまおうか、と、邪心な考えが浮かんでくる。


「あら?見てみて、あの子」
ふと、乗り込もうとした恋人の彼女の方が前にあるゴンドラを指差した。

なんだ?と思って振り返ると、どこから入ったのか、小さな女の子が2つ3つ先のゴンドラによじ登ろうとしていた。

「うわ、コラッ!危ないだろ!」
声をかけたときには遅く、既に乗り込んだ少女。観覧車は動き続けているため、このままではドアが開いたまま上がってしまう。

「シゲルっ、ちょっと後頼む!」
叫ぶと同時に地上から高く上がり始めているゴンドラに手をかけ、上がり込んだ。


「サトシ、バレたらクビだな」
「・・・嫌なこというなよ」
それだけ言うと、サトシはガチャンとドアを閉めた。

外からじゃないと鍵は閉まらないが、開けっ放しよりかはマシだろう。


「ふぅ。・・・さてと」

隅っこの方(といってもゴンドラの中は狭いから何とも言えない位置)でこちらを睨みながら体育座りをしている少女。


「たく。あんな乗り方、危ないだろ。それに子どもは保護者同伴じゃなきゃ乗れないんだぜ?」
「・・・・」

「観覧車にでも乗ればお母さんが見つかるとか思ったのか?んー、この観覧車はそんなに大きくないからギリギリ判別できるぐらいか。ま、下に着いたら迷子の放送してあげるからさ、安心しろよ」
「迷子なんかじゃないわよっ。アンタがとなりにいたお兄さんとしゃべってて気がつかなかっただけでしょ!それにあたしは小学五年生よ、子どもじゃないわ!」

やっと口を開いた少女。短いオレンジの髪を横に結んでるのを見て活発そうな女の子とは思ったが、どうやらそれに加えて口も悪いらしい。


「あ、迷子じゃなかったのか悪い。だけど小学五年生は子どもだろ。今いくつ?」
「・・・11才、に今年なる10才」
「11才未満のお子様は一人じゃ乗れません。お母さんやお父さんは?」

「・・・・」

黙り攻撃が1番面倒くさい。


「お前、名前は?」
「カスミ」

おいおい。知らない人に名前を教えちゃいけませんって習わなかったのかよ。いや、訊いたのは俺だけど。


心の中で1人ツっこみながら質問を続けた。

「今日は誰と来たんだ?」
「お姉ちゃん達」
「達ってことは、二人ぐらいいるのか?」
「3人よ。あたしは末っ子なの。三番目のお姉ちゃんと7つ違うわ」
「ふーん。親は?」

「お母さんとお父さんはいなくな、ッ」
「ふーん・・・いなくなった?」
予想してなかった答えに思わず訊き返してしまった。
向こうも流れで言ってしまったのか、しまった、とういうような顔をしている。

「・・・・・・」
「・・・はぁ」

言ってしまったことで諦めたのか、少女はぽつぽつと話しだした。

「あたしが1年生ぐらいの時、学校帰りに友達と遊んでたら、サクラ姉・・・1番上のお姉ちゃんがあたしを呼びにきて、家に着いたらお姉ちゃん達が泣いてたの」

「それで?」

「変だと思ったわ。そしたら、手紙、みたいなの、2番目のお姉ちゃんが持ってた。その時は見せてもらえなくて、ただ、お母さんとお父さんは、もう戻ってこないって言われたわ」


「・・・・」

「でも、どうしても気になったから、夜中にこっそり読んだの。『お前たちを育てるために働くことに疲れた。本当にすまない、これからは自由に生きてくれ』ですって。本当に自由に生きたかったのは自分たちなんでしょうけど」


「・・・そうか」


やばい。

これは思ったよりヘビーな話だ。面倒くさいことに首突っ込んだな、俺。


「それで、観覧車に1人で乗った理由は?」
そう訊くと、少女は視線をこっちに向けて言った。

「お姉ちゃんたち、あたしをじゃまだと思ってるのよ」
「邪魔?」
「あたしはお姉ちゃんたちと年が離れてるからいつものけ者。それに、あたしがまだ小さいから、お姉ちゃんたちは自分のことを後回しにしなきゃいけなくなる」

「・・・ふーん」

「あたしがいなくなれば、お姉ちゃんたちは喜ぶわ。自分たちの好きなことができるもの。だからあたし、今日からここに住むの」
「・・いや、さすがにそれは無理だろ」

「ムリじゃないわ」


「無理だね」
「ムリじゃない」
「無理だって」
「ムリじゃないっ」
「無理」

「っ・・ムリじゃない!」
少女は目に涙を浮かべながら叫んだ。それでも俺は否定した。


「無理だよ。だって、あんな必死になってだれかさんを探してくれる人たちがいるんだから」
見てみろよ、と下の観覧車に乗り場を指差した。


少女はキッと、睨み付けるように差された方向を見ると、信じられない様子で呟いた。

「・・・おねぇ、ちゃん?」

下には必死にシゲルに何かを訴えている3つの姿。


「あ、やっぱり?さっきからいるなーと思ってたんだけど、女3人だし、観覧車に乗りにきた雰囲気じゃなさそうだったからそうじゃないかと思った」

「な、んで」
「そりゃ、自分たちの大事な妹が急にいなくなったら探すだろ」

「だって、お姉ちゃんたちは、あたしのこと・・・」

お姉さんたちはシゲルから事情を聞いたのか、妹が見つかったことがわかったらしく、安堵した様子だった。
変な話、向こうからこの少女がどこに乗っているのかなんてわからない筈なのに、お姉さんは確かにこっちを見て笑った気がした。
 
「あそこまで必死になって探してくれて、見つかったらあんな優しく笑ってくれる姉さんたちが、大事な妹を邪魔だなんて思ってるワケないだろ」

ぽんぽん、と軽く頭に手を乗せてやると、今まで張り詰めていた糸が切れたのか、少女は声をあげて泣き出した。

「っ・・ぅ・・うわあああん!」




この小さい少女は、この小さな身体の中で色んなことに耐えてきたのかもしれない。


親に捨てられるというのは、場合によっては死なれるよりも辛いことだ。
その上、どんなにのけ者にされても大切な姉たちに、結局は大好きな姉達に嫌われていると考えていたなら、尚更苦しかっただろう。
少なくとも、見ず知らずの他人に全部事情を話してしまう程には。

落ち着くまで少女の背中をずっと宥めていた。





「あ〜あ。頂上通り過ぎちゃった」
「泣きやむの早いな」

ものの2、3分で泣きやんだ。

「だって、世界の美少女カスミちゃんがあんたみたいなのの前で泣くなんて一生の不覚じゃない。もったいないもの」

「おい、どういう意味だよ、それ」



「うそ。ありがとう」
イタズラっぽくニコリと笑った少女。初めて笑った顔を見た気がする。

「なんだ、笑ったら普通に可愛いじゃん」

「なっ!なに言ってるのよっ、口説いてんの!?ロリコン!」
「は!?バカっ!普通に考えて妹がいたらこんな感じなんだろうなーって気持ちに決まってんだろ!」
何となく思ったことをポツリと呟いただけだったのに、予想以上の返事を返されてこっちも慌てた返事になってしまった。


「ふーん。ま、そういうことにしといてあげるわ。・・・ね、あたしが次来たとき、また一緒に観覧車に乗ってくれない?」

「あ?別にいいけど」

「ほんとっ?約束ね!」


何を思って少女がそんなことを言い出したのかわからないが、あまりにも嬉しそうに笑うから、ま、いいか、と納得している自分がいた。


そして、俺達が乗っているゴンドラがゆっくりと地上に着いた。

「気をつけて降りろよ」
「全然余裕よ」
ぽんっと両足でジャンプするように地上に足を着けた少女に、待っていた姉達がすぐさま駆け寄ってきた。

「カスミ、急にいなくならないで」
「心配するじゃない」
「もうこんな暗いっていうのに」

「ごめんね。サクラ姉さん、アヤメ姉さん、ボタン姉さん。どうしても観覧車に乗りたかったの」

「でも、観覧車は11才未満は・・・」
「あのお兄さんが一緒に乗ってくれたの」

そう言われて初めて俺の存在を確認したらしい。お姉さんたちは慌てた様子で頭を下げてきた。
「この度は妹がご迷惑をお掛けしました」
「え、いや、大丈夫です」
この時になって初めて気づく。一応客だったのに全然気遣っていなかったことに。
ま、少女もあまり気にしてない様子だし、よしとするか。


「それじゃ、帰るわよ」
「あ、待って。お兄さんにあいさつしてくる」

少女はこっちに向かって走ってきた。

「お兄さん、今日は迷惑かけてごめんなさい」
「大丈夫。今回のことは遊園地の偉い人には内緒にしとくからね。今度はお姉さん達と一緒に来るんだよ」
「ありがとう!・・・で、アンタ」
「なんでシゲルはお兄さんで俺はアンタなんだよ」
「サトシ、何かしたのか」
「アンタはアンタでいいの。約束破ったら承知しないからね」

「おう、任せとけって。俺は暇人だからな、大抵はここにいるぜ」
そう言うと、少女はホッとしたように、なら、大丈夫ねと呟いた。


「ほら、姉さん達が待ってるぜ。またなカスミ」

名前を覚えられていると思わなかったのか、カスミは少し驚いたあと、淡く頬を染めて嬉しそうに笑いながらまたね、とお姉さんたちのもとへ戻っていった。





「さ、クビにされないよう、張り切ってやるか」


なんせ俺は、ここであの少女を待ち続けなければいけないのだから。


「約束って?」

「んー、再会の約束」









そして、約束が果たされたのはなんと4年も経ったあとだったのは、また別の話。
 






たったひとつの約束
(破ったら許さないんだから)


―――――――――

ぱそ子さんで修正しました。携帯ちゃんは恐くて怖くて・・・↓orz
バックアップしていないので所々変更されている場所がありますが、そこは間違い探し気分で笑ってやってください。


サトシ(17)、カスミ(10)設定です。
年の差設定やっほーい。


カスミはサトシの周りにいる女の子に比べて自分が子供なことに落ち込んで、サトシはロリコンに悩めばいい(爆)そして最後は開き直って抱き締めます。


反応がよかったら続きを書こうかなとか考えてみたり。妄想が限界に達したら手が勝手に動いてしまいそうですが(汗)

09/11/18 修正
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