早くポケモンセンターに着きたくて、急いで走った。

だからだ、

ガラッ
「っ!?」

崩れそうな地面に気づかずに足を踏み込んでしまったのは。






「うっ、ここは・・?」

「気がついたか。よく寝てたな」

ぱちぱちと音をたてて燃えている炎。辺りは真っ暗で、今は夜なんだとわかる。

「あれ、僕、なんで・・・痛っ」
「足。その腫れ具合だと捻挫してるから、あまり動かさない方がいいぜ」
言われて痛みが走った右足を見てみると、なるほど、確かに腫れている。けれどその部分には冷やしたタオルがあてられていて、動かさなければさほど痛みは感じなかった。

「あの、僕は、どうして」
「覚えてないのか?多分崖から落ちたんだと思うけど」

崖から?そういえば、そうだった気がする。道を走っていたら足を踏み外したのだ。上を見上げれば、暗くてわかりにくいが10mぐらいの高さから落ちたんだとわかった。

「あの、ありがとうございました。えっと・・」
「ああ、俺はサトシ。それと礼なら自分のポケモンに。崖下にお前がいることに気づいたのは、そのワニノコが水鉄砲で居場所を教えてくれたからさ」

「ワニノコが・・」
自分の1番最初の仲間。勝負に負けてポケモンセンターに行く途中だったから、瀕死の状態だったはずなのに。
横に置いてあるモンスターボールを覗くと、瀕死だったはずのワニノコは元気そうに笑っていた。

「完全に回復したワケじゃないけど、薬で治療したからもう大丈夫だろ」

「!・・ありがとうございますっ。ワニノコも、本当にありがとう」
気持ちが伝わるようにギュッとボールを握り締めた。



それから話を聞くと、サトシさんが道を通った時はもう日が沈む頃で、崖の上から僕の姿は見えなかったらしい。もしワニノコがいてくれなかったら、と思うと背筋がゾッとした。
「足以外は目立った外傷もないし、頭も打った様子はなかったから大丈夫だと思うんだけど。運がいいな、お前」
「いえ、そんな」
「今日はこのままここに野宿して、明日になったら崖を上って病院に行くのがいい。一応医者に診てもらわなきゃだからさ」

「はい」

「じゃ、俺はそのタオルを冷やしてくるよ」
川が近くにあるのか、林の中へサトシさんは入っていった。


一人になったことを確認すると、自分でもわかるほど情けない声で呟いた。
「・・・なぁ、ワニノコ」
ボールに収まっているワニノコに話し掛ける。

「僕、旅を続けていいのかな」
旅を始めた頃は心が弾んでキラキラ輝いて見えた空も、今ではすっかり色褪せてしまった。
「最近、負けっぱなしで、君を傷つけてばかりで。今も、こうして誰かに助けてもらわないと駄目で、僕は、トレーナーに向いてない、のかな」
俯いて自嘲しながら苦笑した。ガタガタとボールが揺れて、ワニノコが元気づけてくれることが、やはり自分は弱いと感じて、また苦しい。

「僕は・・」
「お待たせ。どうした?」

戻ってきたサトシさんは僕の様子がおかしいことにすぐに気づいた。慌ててなんでもないです、と答えれば、だったらいいけど、とタオルを換えてくれた。




「よし、もう寝るか」
一通りやることを終えると、焚火を消したのを確認して寝袋に入る。


正面を見上げれば、夜空にはたくさんの星が瞬いていた。

崖から落ちて、気絶して、本当だったら歩くこともできなくて、サトシさんとワニノコがいてくれなかったら今頃どうなっていたかわからない。今無事にこうして眠ることができるのが不思議だった。



「寝れないのか?」
「あ・・いえ、そういうワケじゃないんですけど」

いつの間にかサトシさんも空を見上げていた。


「・・・サトシさんは、旅をしてるんですか?」
「俺?俺は、旅っていうか、仕事かな」

「仕事?」

「依頼されたポケモンを捕獲したり、人がいない未知の場所に足を運んで資料を集めたり」
「じゃあ、皆が知らないような場所にも行ったことがあるんですか?」
「たぶんな。短い時は一人で、長くなる時は仲間と行くこともある」
「それじゃ、今も」
「今はちょうどやる事も終わって帰るところだよ」

サラッと言っているけど、実際はとても大変なことだと思う。
「あの、それって危険なこともあるんですよね」
「危険だらけだな。でもやっぱり冒険は面白いし、一家を養う者としては収入がなくちゃだしさ」

「・・・え」

「お、写真見たいか?俺の愛妻と子供達」
7歳と2歳の姉弟なんだぜ、そう呟きながらごそごそとポケットを探っている。


え、寝る時もポケットに・・って、
「サトシさん、結婚してるんですか!?それより今いくつですかっ!?」
「? 27だけど」
開いた口が塞がらなかった。見た目から20代前半か、もしくは10代後半だと思っていたのだ。
それが、結婚は百歩譲ってアリにしても、子供が2人もいるだなんて予想外でしかない。


「わ、若いって・・言われません?」

「童顔だってよく言われるな。俺としては気にくわないけど。ほら」
月明かりを頼りに渡された写真を見た。肩を寄せ合って写る仲睦まじい家族。幸せなんだな、とよくわかる。


あれ、このオレンジの髪の人、どこかで見たことがある気がする。
「サトシさん、この人・・」
「カスミか?雑誌かテレビで見かけたことぐらいはあるだろ。ハナダジムのジムリーダーだよ」

「・・・・」
「なんだ、もういいのか」
「はい。ありがとうございました」
写真を突き出してニコリと笑う。
もう驚くのは止めよう、と思った。ジムリーダーと夫婦なんて滅多にいるもんじゃない。この人は人が度肝を抜くようなことをまだまだ持っている気がする。


「10代で結婚したんですか?」
「ちょうど20歳になった頃だよ」
「え、それだと、娘さんの年齢が少し・・あれ?」
「いろいろあったんだ。今は幸せだから、それでいい」
そろそろ本当に寝るか!とサトシさんが寝袋を深く被ったのを見て自分も被る。

人には人の道があるから、追究することはできない。サトシさんにはサトシさんの色んなことがある。きっと、その中でサトシさんは大変な仕事を任せられる程に強くなっていったんだ。

僕も強く、なれるのかな。


「なぁ」
「っ!はい」
もう眠りについたと思っていたから、いきなり話し掛けられて思わずつっかえてしまった。

「お前の夢はなんなんだ?」
「夢?」
「ないのか?」
「・・・ポケモンマスターになることです。笑っちゃいますよね。こんなに弱いのに」

「誰だって初めから強い奴なんていないさ。俺だって、今では依頼を任せられる程に実力をつけたつもりだけど、初めは岩タイプにピカチュウでごり押ししてたんだぜ」

「岩に、電気・・」

「ワニノコと信頼し合ってるお前なら大丈夫、必ず強くなれる。どんなに辛くても、ポケモン達を信じれば前に進めるさ」

「・・・はい」

どうして急にそう言われたのか。さっきワニノコに語りかけていたところを聞かれていたのかもわからなかったけど、すごく背中を押された気がした。

そうして、いつのまにか眠っていた。




やがて朝日は登り、仕度を済ませて準備を終える。
「よし、そろそろ行くか」
「はい。でも、どうやってここを登りましょう」

暗い時はよく見えなかった崖だが、明るくなってからちゃんと確認すると10mよりもう少し高い気がする。本当に、よく足の捻挫だけで済んだものだ。


「それならこいつがなんとかしてくれるさ。リザードン」
ぽんっ、とボールから出てきたリザードン。ギロッとした目が少し怖いが、とても強そうだ。
「俺達を上まで運んでくれ」
背中に乗せてもらうと、フワッと浮くのにビックリして思わずリザードンの首にしがみついた。
「よし」
道に着くとサッとリザードンから降りるサトシさん。僕も降りようとしたが、情けない、まだ足が痛んで動かせなかった。

「リザードン、こいつをポケモンセンターまで連れていってくれ」
「そんな、悪いです」
「どうせその足じゃ歩くのは大変だろ。リザードンならすぐに着くし、俺のところにも戻ってこれる、な?」
リザードンは任せろ、とでも言うように鳴いた。
その様子から、言葉に甘えさせてもらうことにする。確かにこの足で歩いたら、またすぐに日が暮れてしまう気がしたからだ。
「本当にすみません」
「困った時はお互い様さ。いつかマサラタウンに遊びにこいよ。俺の故郷だ」
「はい、ありがとうございます。・・さようなら!」

別れを告げるとリザードンが翼を羽ばたかせて飛び立った。

あっという間にポケモンセンターに着くと、ジョーイさんにワニノコを預け、ついでに松葉杖を借りて外にいるリザードンの元へ行く。
ひょこ、ひょこっと歩いていたからか、ドアを潜るとリザードンの方から近づいてきてくれた。
「リザードン。ここまで連れてきてくれてありがとう。サトシさんによろしく」

リザードンは僕の声に頷くと、すぐに飛び去っていった。その姿は程なくして空に消えたが、ふと自分の中の変化に気づき、僕は空を見続けていた。

「・・あら。外に出るのもいいけど、あまり足に負担をかけないでね」
「ジョーイさん。はい、すみません。そろそろ戻ります」

「今日の空は快晴ね」


サトシさんに背中を押してもらっただけなのに。自分の中で気持ちが変わったのか。


「ええ。太陽が昇って、すごく輝いてます」

空は、色褪せてなかった。





そして、数日後。
足も完治してポケモンセンターを出ようとした時だった。

『皆さん、ポケモントレーナー特集の時間です。』
「ワニワニワ」
「どうしたの、ワニノコ、ん?」

『今回取材班は、ポケモンマスターの称号を持つ、マサラタウンのサトシさんにお会いしてきました。サトシさん』

『こんにちは』



「・・・・」


・・・本当に。

何回驚かせばあの人は気が済むんだろう。テレビに映る彼は間違いなく数日前に助けてくれたその人。
ただ者ではないと思っていたが、まさかポケモンマスターの称号を得られるような人だったなんて。


「ワニノコ。僕達、ものすごい人に会ってたんだな」
「ワニワァ」

テレビに映るサトシさんを見ながらあの夜を思い出した。



“どんなに辛くても、ポケモン達を信じれば前に進めるさ”



はい。サトシさん。

僕は、僕の仲間を信じて、

また夢を目指して頑張ります。





さあ 行こう

(今度は、胸を張って会えるように)
(ありがとう ございます)


―――――――――

はい。お粗末様です。

急いで書いたらこんなになっちゃいました。サトシを第三者から見た感じを書きたかったのに全然書けてないorz
それにもうちょっと少年の悩みを出したかったよ。
とか色々あるのに完成とか言える私は勇者(またの名をめんどくさがり)。



サトシは童顔です(キパッ
あの無邪気な笑顔は永久不滅だといい。

あと、カスミと結婚する時のいざこざをちょっと仄めかしました。
いつか書けるといいな。



10/1/31
改 11/1/3


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