愛を救う鬼(正邪)
突然だが、この夜月という男は物理的な話では無力の極みである。争いなどにおける暴力など世界で1番嫌いなものだ。だからこそ彼はずば抜けた優しさという感情を持ち合わせているのかもしれない。そんな彼でも少女たちの遊び「弾幕ごっこ」は嫌いではなかった。争いと言えば争いになるので彼自身はとてもやりたいという気にはならなかったようだが、自分の実力を見せ合い競うようなそれは一種のスポーツのようだと彼は考えている。
と、そんな前置きをしたがつまり彼は幻想郷で起こる異変に直接関わることはまず無い、ということだ。霊夢や魔理沙の話を聞く限りではそこに弾幕ごっこは欠かせないらしいから。もし直接関わるような事があるとするなら、彼自身が異変の原因となった時だろう。

しかし彼の性分を考察してみれば幻想郷を脅かす異変を黙って見ているはずが無い。ーー否、解決するまでは何も出来ないので黙って見ているのだがーーそんな彼がする行動は異変解決後のアフターケアであった。
例えば弾幕ごっこによって破壊された建物などを直す手伝いや、不運にも巻き込まれてしまった妖怪たちへの配慮などである。

そして少し前に解決した輝針城異変、そのアフターケアの為に夜月は霧の湖へと訪れていた。

「体調とか、あの後からどう? 平気?」
「はい。今はもう大人しい、ですよ」

最初に話を聞きに来たのはわかさぎ姫だ。彼女はにかみながらそう言った。
打ち出の小槌による魔力は完全に切れたと彼も判断し、良かったと笑う。

「それにしても夜月さんはお優しいですね。わざわざこんな所まで来て私を心配してくれるだなんて」
「万が一って事もあるしね」
「ふふ、夜月さんらしい」

そう言って彼女は嬉しそうにぴしゃぴしゃと水面を尾で叩く。すると何かを思い出したように彼女は「あ、」と声を上げた。

「そう言えば、正邪さんの行方は分からないままなのでしょうか?」
「ああ、おれも知らないなあ」

鬼人正邪といえば輝針城異変の犯人。つまり要注意人物となっている訳で、彼女は異変解決後は幻想郷を逃げ回っていると彼は耳にしていた。また悪事を働きそうではあるが、行方が分からないのではどうしようもない。

「でもきっと、今回の件で懲りたんじゃないかな。彼女も大人しくなるといいね」
「そうですね。誰にでも善心はありますから」

そう言うわかさぎ姫こそが善心の塊だと夜月はこっそり考えた。
この後影狼たちにも話を聞きに行くと言えば、彼女は「草の根ネットワークで繋がっていますから、大丈夫だと思います」と言う。それなら大丈夫そうだと彼も納得し、1度家へ戻る事にした。気付かぬ間に空は宵闇を迎え入れようとしている。





くつくつと心底楽しそうに歪めた笑顔が真実を物語っていた。人里の少し外れた所にある夜月の家への侵入は容易なものだったのかもしれない。
それはほんの少し前の出来事。夜月が家に入ると、「おかえりなさいませぇ」という少女の声が飛んできたのである。驚き部屋を見渡したが見慣れたものしか目に入らず、疲れているのかと心配になった刹那、上から逆さまになって少女が顔を表したのだった。彼はすぐに理解した。この少女こそが鬼人正邪なのだと。

「せいっ、じゃ……さん」

突然の事に声が裏返ってしまった。すると彼女は満足気に微笑み(正直に表現するならばゲス顔だ)、ぺたりと床に足をつけた。

「君の事は昔っから知ってたよ夜月クン。優しい優しい君なら私のこと匿ってくれるだろ?」

その言い草からして、どうやら彼女は夜月に匿ってもらうつもりらしい。
実のところ夜月と正邪はこれが初対面であった。彼女の言葉から察するに、お互いが話や噂だけで相手の性質をイメージしていたという事だ。正邪が想像していた自分というものを分かりはしないが、夜月が想像していた鬼人正邪という妖怪はあまりにも想像通りすぎた。

「もう異変を起こさないと約束するなら、別に構わないよ」
「ははは、私がその問いに対して素直にイエスと言う訳がないだろう!」

このような返事が返ってくることも勿論想定内だったが、それよりもまさか自分の家に匿えとやって来た事が一番の予想外である。てっきり霊夢の所にでも行くと思っていたが、しかし今考えれば霊夢は彼女を退治した本人だ。匿ってくれと言ったところで頷くどころか即弾幕が降りかうこと間違いなし。
つまりは1番都合が良さそうな人物はおれだったんだな、と夜月は溜息を吐いた。

「それに、私が来たからにはこの家の家主は私だ。そして君が居候ってわけ」
「ええ……」

これが正邪の「なんでもひっくり返す能力」なのかと思ったが、ただの屁理屈だ。しかしもう寛ぎ始めた彼女を見ていると、本当にただの少女なのだなと実感する。

「まあ、いいさ。おれに迷惑さえかけなければ」
「ほほう、かけてくれと言ってるようなものだぞ」

おっと失言。
という素振りを見せたが、こう言っておけば暫くの間くらいは幻想郷全体に迷惑をかける事はないだろうと思った。
思い通りの会話が出来て、この少女の扱いを少し分かり始めた時。彼女は、はっと何かを思いついたようだ。そして耐えられないというようにくつくつと笑い始め、言った。

「匿ってくれるお礼に毎日嫌がらせをしてあげるよ。そして君が私の事を大嫌いになった頃にひっくり返してあげよう! つまり私の事をだーーーい好きにしてやる! これこそ君の屈辱! 羞恥! こんな嫌われ者を好きになってしまうとは可哀想だね!」

彼女はそう捲し立てて高笑いをしたが、夜月は気が気でなかった。何を言い出すかと思えば、こんなひねくれた告白があるのかと。どうも正邪は最高の嫌がらせのつもりで言ったつもりだったようだが、嫌悪よりもむしろ好感度が上がってしまった。だからつい頬が緩んだ。

「そんな事をしなくても、おれは正邪を好きになれそうだ」

そう言うと彼女は高笑いをぴたりと止め、ぎろりと夜月を凝視。そしてかぁーっと真っ赤に顔を染めた。それは羞恥なのか、怒りかは分からない。
恥ずかしさ半分、怒り半分といったところだろうか。私は嫌いだからなと暴れる正邪を抑えながら、夜月はさっきまで面倒だと考えていた彼女の世話がしたくて堪らないという風に心を踊らせていた。


愛を巣食う


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