変状(さとり)
「なんとなくよ」

さとりさんは言った。唐突な発言におれの肩はぴくりと跳ね上がる。まだ此方は何も喋っていないのに、彼女、古明地さとりはそう言ったのだ。たらりと頬を撫でていく汗が気持ち悪い。

「どうしておれを呼んだんですか?」

震える声でそう言った後に、はっと気付く。先ほどの「なんとなくよ」はこの言葉に対する返答だったのだ。思わずさとりさんの顔に目を向けると、彼女は至極楽しそうに笑っていた。

「『どうして』ですか。そういえばまだ言ってなかったわね。私は心を読む能力を持っているの。……『早く言ってくれ』? ふふ、ごめんなさい」
「……」

完全に読まれていた。気味が悪くなって、ぞくりと鳥肌が立つ。普段、魔理沙のように嘘を吐く訳ではないけれど、嘘を吐けないというプレッシャーと、悪いことを思うことすら出来ないという恐怖がおれを支配する。

「逃げないのね。私の能力を知っても」
「え……」
「『折角呼ばれたんだから』ですか。あら、嬉しいわ。呼んだかいがあったってことね」
「あは、ははは……」

自分でも分かる。笑い方がとてもぎこちない。目の前の現実から逃げるように、おれはどうしてこうなったかを回想することにした。

事の発端は、おれが博麗神社で霊夢の手伝いをしていた時。何処からか猫耳の少女がやってきておれに手紙を渡してきたのだ。そこには「地霊殿で待っているわ。古明地さとり」とだけ書かれていた。

「なあ霊夢、古明地さとりって誰?」
「……行けばわかるわ」

とそんな会話をしたはずだ。今になって、何故霊夢がおれを哀れむような目で見ていたかがよく分かる。確かにこれは、キツイ。
途中でパルスィさんと言う娘に遭遇し、地霊殿は何処かと聞いたら快く教えてくれた。妬ましい、と言われたような気がするけれど、今度会ったときはゆっくり話をしてみたいものだ。

「へえ、そういう成り行きで此処まで来たのね」
「ひっ……!」

現実から逃げたつもりが、完全に読まれてしまっていた。マズイ、回想は強制終了だ。
こんな静かで大きなプレッシャーの掛かる空気は初めてだ。おれは冷めてしまった紅茶を飲み干してその場を誤魔化す。

「『どうすればちゃんと会話が出来るだろう』ですか。健気ね、普通の人ならとっくにこの場から逃げ出しているわ」
「せ、折角誘って頂いたから」
「嘘。本当は早く逃げたいって思っているでしょう?」
「そ、そんなこと思っていませんよ」
「正解。貴方は優しいのね」

どうやら鎌を掛けられたようだ。自分の心の奥底で何を考えているか、なんて自分でも分からないのに。さとりさんは意地悪だ。
すると、さとりさんが口を開く。また心を読まれるのかと、おれは身構える。

「貴方が、地上で好青年だと評判だってお燐から聞いたの」
「え? そ、そうなんですか? おれが? 好青年?」

おれにとっては、霖之助さんの方が好青年だと思うのだけれど、ここは認識の違いってやつだろうか。

「貴方は万人受けする能力を持っているようね」
「おれは普通の魔法使いですよ」
「知ってるわ、冗談よ」

ふふ、と上品に口を押えるさとりさん。最初は気味悪いと言ったものの、雰囲気は何処かレミリアに似たものがある。ここ地霊殿で一番偉い立場ということと、妹さん持ち、共通点は少なくない。

「貴方のこと、気に入ったわ。私のペットにならない?」
「……お、お友達からお願いします」

彼女の第三の目が、じーっとおれを見つめていた。


変状
「友達なんて初めてだわ。よろしくね、夜月」
「よ、よろしくお願いします……」



bkm
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