走る春(リリーホワイト)
ぼすっ、という屋根の雪が地面に落ちる音で目が覚めた。なんだかポカポカとしてきて、布団を退かす。窓の向こうを見ると、木々に積もっていた雪がみんな地面へと落ちていて、重荷の無くなった木々達は空へと伸びをしていた。

「綺麗だな……」
「春が来るといつもこんな感じだぜ?」
「ああ、リリーのおかげだな」

魔理沙とそんな会話を交わし、もう一度外を見る。もう目が離せなかった。
青空に風花が咲いている。新芽に桜に雪、というのは魅力的であり幻想的で、窓から遠くを眺めて見れば、遠くの木々の雪が次々と溶けて下へ落ちていく。その光景は春が走っているかの如く綺麗なもので、少し滑稽にも感じられた。

そんな春の光景に耳を澄ましてみれば、何処からか「春ですよー」なんて聞こえてくる気がして、おれは思わず家から飛び出した。そんなおれの背中に魔理沙が「ついでにキノコ採ってきてくれー」なんて呑気なことを言ってきたが、そんなの今は関係無い。キノコはいつでも採れるけど、この光景は今しか見れないのだから。

木から落ちた雪が積もっていて、歩く度にがし、と音が鳴る。こうなってしまえば何もかもが素晴らしく思えて、心臓の高鳴りを抑えきれなかった。おれは走る。走る春を、追い掛けた。道端に咲く小さな花も潰してしまわないよう、小走り程度のスピードで彼女を追い掛けた。春って、こんなにも素晴らしいものだっただろうか。

暫く走り続けると、アリスの家に辿り着いた。おれは興奮状態に陥っていて、彼女に春の素晴らしさを伝えようと、扉をノックする。おれに気付いたアリスは不思議そうな顔で扉を開けてくれた。

「春だね」
「え、ええ。……なに? 改まって」
「いや、何だろう。今までこの時期は布団にくるまっていたせいか、こんな景色を見たことが無かったんだ。春って、素晴らしいね」
「そうね。そこの桜が綺麗よ。家で紅茶でもしながら眺めない?」

それはとても魅力的な話ではあったけれど、おれは首を横に振った。ごめん、と謝る。いつもと様子の違うおれに疑問を抱いたのか、彼女は首を傾げる。

「今は、走る春を追い掛けたい気分なんだ」
「……頭可笑しくなったの?」
「はは、そうかもしれない」

彼女は意味が分からないと言った顔でおれを、見つめていたが、「まあ、いってらっしゃい」と静かにドアを閉めた。
アリスに別れを告げ、春を追い掛ける。胸の高鳴りは収まるどころか、どんどん大きくなっていった。もう、彼女のように「春ですよー」と大きく叫びたい気分だ。
雪の音と春の陽気に包まれながら、おれは走った。今度は思いっきり走った。出てくる時に箒を持ってくれば良かった、とほぞを噛む。そうすれば花を気にせず春を感じられたのに。

ばさっ、という葉っぱの音と共に森を抜けると、何やら見たことのない原っぱに辿り着いた。見渡す限り一面に綺麗な花が咲いていて、声を失う。こんな隠れスポットがあったのか。

一歩踏み出すと、踏んだ所に花が咲いた。驚いて後退り、その花を見つめていると、頭に何かが触れた。

「う、うわっ」

一度に色んなことが起きすぎて、おれは思わず尻餅をついてしまった。視界は花から青空へと移る。
痛む尻をさすりながら頭に手を乗せると、何かが被せられていることに気付く。取ってみると、それは花冠だった。色とりどりの花が使われていて、おれは感嘆の声を漏らす。
よく見れば、この原っぱの花が使われていた。胸の高鳴りが収まり、代わりに温かい何かが胸を支配し始めた。

さっと前を向くと、飛び去る春が見えた。彼女が原っぱの近くを通る度、そこに綺麗な花が咲く。おれは咄嗟に「春をありがとう!」と叫んだ。すると、急に風が吹いて、桜の花弁が舞い踊った。風花に交じる花びらが、夥しい数の蝶に思えた。
花吹雪の中で、リリーは花と一緒に舞うように飛びながら、楽しそうに笑っていた。


走る春



bkm
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