暗示(妹紅)
輝夜との殺し合いバトルが終わると、怪我ひとつ付かない私の身体は疲れ切っていた。いくら怪我があっという間に治ると言えど、痛いものは痛いし疲れは溜まるものである。
久しぶりに家でゆっくり休もうとしてふらふらと自分の家に入ろうとすると、どん、と誰かにぶつかった。

「大丈夫?」
「な……夜月じゃないか!」

猫背になって俯きながら歩いていたせいか、目の前の彼に気付かなかった。不覚。
何故私の家にいるのかと問いかけてみると、妹紅が疲れていると思って、とよく分からない答えが返ってきた。いや、疲れているのは事実だけれども。

「さっきまで輝夜と戦っていただろう? それを見て、あー疲れて帰ってくるだろうなーなんて思ったわけ」
「そうか……なら家に入れてくれ」
「おっと、悪い」

すっと家の前から退いて、私の後ろから付いてくる夜月。入ってくるのか……と思った矢先、何やら家の中から良い匂いが漂ってきた。それは、嗅ぎ慣れた筍の匂いだった。
どうして? と振り返ってみれば、彼は朗らかに笑って、「作っておいた」と一言。
おいおい、と心の中で苦笑する。嬉しい限りだが、勝手に入られたとなると怖い。

「今度からは断って入れよ?」
「え? でも妹紅、迷ったら此処にいろみたいな事言ってなかった?」
「それとこれでは違うだろう」
「そうだったのか、ごめん。でも今は、声に抑揚と張りが無い妹紅が心配だから」

そう言って、私を床に座らせる夜月。否応無しの強引な行動だけれど、これは彼なりの優しさなのだろう。
そして差し出される茶碗。そこには美味そうな筍ご飯が盛られていて、思わず唾を飲んだ。「どうぞ」の声と共に、私はそれを一気にかき込んだ。

「あはは、妹紅どれだけ腹減ってたんだよ」
「いっひゅうはんあにおたえてないかあな」
「一週間何も食べなかった? 苦行もほどほどにしろよ」

何故言ってることが分かったのだろう、と言う疑問と共に、かき込んだ飯は腹へと落ちて行った。
ふう、と一息つく。隣に座る彼を見ると、ぼーっと目の前の炎を見つめていた。そんな彼の横顔が何処か儚げで、私は思わず凝視してしまっていた。
彼と目が合う。

「ん?」
「あ、い、いや……その」
「怪我は無い?」
「は? いや、私に怪我があったら大問題だ」

そうだったな、と笑う彼。心配してくれていたのか、彼は安心したように溜め息を吐いた。彼のさり気ない優しさを実感して、心の底から何か温かいものが湧いてきた。彼が隣にいると、いつもそうだ。夜月という存在が近くにいるだけで、熱くなる。
これは私が炎の術を使うこととは何の関係も無い。炎の熱さとは、何処か違うのだから。

「いくら妹紅が不老不死でも、心配になっちゃうんだよ」と、いつか彼に言われたことがある。それを聞いた輝夜は「あらあら、愛されているのね」なんて笑っていたが、それは違う。だって彼は色んな人にそういう優しさを向けているのだから。彼は幻想郷を、幻想郷の皆を、愛しているのだから。

心配が愛に繋がるのならば、私は彼のことを愛しすぎている。心配でなくとも、私は夜月を愛しているのだ。だけど、これはきっと恋ではない。恋の定義は分からないけれど、これはきっと恋じゃない。彼に愛情を抱き過ぎていても、これはきっと恋ではない。そう言い切れる。

愛してくれなくていい、ただ私が愛せればいい。愛情が、恋に変わってしまう前に。

「愛しているよ、夜月」
「ありがとう。おれもだよ」

嘘。本当は私だけ愛して欲しい。


恋ではない。恋ではない。私は彼に、恋などしていない。



bkm
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