出会いのきっかけは、里の人達――と言っても三人程だが――が、いきなり家に彼を連れてきて、私にこう言ったのだ。「こいつは良い男だよ!」と。
その時は酷く驚き、彼も唖然としていたけれど、今ではいい思い出となっている。それが無ければ、私と彼は出会えなかった。――出会うことは、無かったのに。
「阿求、紅茶はストレートでいいんだよね?」
「はい。ありがとうございます」
夜月の入れる紅茶は純粋そのもので、通も唸る美味しさだ。私が頼めば、彼は喜んで紅茶を入れてくれる。一度兎鍋も頼んでみたけれど、苦笑いで返されてしまった。
「夜月の入れる紅茶は本当に美味しいです」
紅茶を啜りながらそう褒め称えれば、彼は優しくはにかんで「手順通りにやっているだけだよ」と言った。彼は決して威張ったりせず、いつも謙虚でいる。こんな男性は初めてで、私は彼に興味を持ち始めていた。
「貴方の入れる紅茶が、私は大好きですよ」
「おれは、入れた紅茶を美味しそうに飲んでくれる阿求が好きかな」
こうやってストレートに言ってくるのは、少し慣れないけれど。
こほん、と身体に沸いてきた熱を追い払うように咳払いをして、私は執筆を始める。すると、彼も立ち上がった。
「じゃあ阿求、外の世界の資料見せて貰ってもいいかな?」
「どうぞ。場所はいつもの所ですから」
夜月は外の世界にとても興味があるらしく、こうやって私の家に来ては紅茶を入れ、遅くなるまで資料を読んでいく。本を読む真剣な姿もまた様になっていて、どうしても私は彼を見てしまうのだ。そのせいで最近、執筆があまり進まなくなっている。
そして驚くべきことは、何か書かなければ、と思って筆を滑らせると、彼のことを書いてしまうということだ。
私は転生した後の自分に彼のことを思いださせる為に、このまま書き記すことにした。
『霧雨夜月は霧雨魔理沙の兄である。彼は単純で素直な上に気立ちがよくお人好しなので、だまされやすかったりと苦労が絶えない人間だ。しかし彼はそれすら苦にすることも無く、それを生きがいにまでしているそうだ。本人に寄れば「何もしないより良い」とのこと。そんな彼は好青年として人気があり、人間にも妖怪にも妖精にも好かれているという。これは何処か博麗の巫女に通じるものがある。しかし彼は――』
ここまで書いて、何故か胸が痛くなった。私、何をしているんだろう。転生しても、私が彼を思い出せるという保証は無いのに。私が転生するころには、彼はもう、いないかも知れないのに。
どくん、と胸が沈むような感覚。そうだ、私が転生する頃には、彼は―― 考えられなくなって、私は首を振る。
溢れそうになる涙を堪えた。ダメだ、こんな物、書いてはいけない。転生した後の私がもし今の私のように、夜月に恋という感情を抱いてしまったらどうするんだ。
「お、おい! 阿求!」
彼が私の名前を呼んで、はっとする。いつの間にか私は、彼について記した紙をぐしゃぐしゃにしてしまっていた。いや、これで良い。これが読まれる頃には、彼はもういないのだから。
「折角書いたものを……どうしたの?」
「夜月さん、私……」
私の様子に気付いた彼が、資料をそっと置いて私の前に座った。もう一度「どうしたの?」と問いかけられる。
「私……転生なんてしたくない!」
「阿求……」
「貴方をまだ、憶えていたいんです!」
私は縋るように彼の胸へ飛びついた。堪えていた涙がどっと溢れる。彼は強く、しかし優しく私の背中に腕を回す。
「私が転生する頃には、貴方はもういない。いたとしても、私は貴方のことを忘れてしまっているでしょう」
「……」
彼は困ったように黙っていた。ただ私に温もりを与えていた。
「私は、どうすれば、良いのか……」
「おれは、今の阿求が好きだ」
「へ……?」
「今の阿求と一緒に居ることが出来れば、それで構わない。短い間かもしれないけれど、その分一緒にいようよ」
彼の声も震えていた。不安で仕方ないのは、私だけじゃないんだ。それが分かると、私の涙は急に止まった。そうだ、私は私なんだ。今が大事なんだ。今の状態を今楽しまなければいけないのだ。
私は、もっと密着するように、彼へ身体を寄せた。
彼のことが好きな私は、私だけで、いい。
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「阿求の記憶と共に、おれも死のう」