やっぱ好き(正邪)
「夜月さーん!」
「おっ、わかさぎ姫じゃないか」

チルノにでも会えるかと思って霧の湖をふらふら飛んでいたら、下から優しいソプラノの声が聞こえてきた。「よう」と挨拶するとぶんぶん手を振って来たので、きっと構って欲しいとでも思っているのだろう。そのまま下降してわかさぎ姫の元へ近づくと、彼女は嬉しそうに笑った。可愛いやつだ。

「何をしているのですか?」
「特に何も。チルノやお前に会えるかと思ってふらふらしてた」
「まあ、嬉しいことを言いますね」

少し頬を赤らめてはにかむ彼女に、自然とおれの頬も緩んだ。

「それにしても、夜月さんが暇だなんて珍しい」
「そうでもないよ。さっき博麗神社の掃除が終わったところさ」
「大変ですね。私は陸には上がれないので、お手伝いも何もできませんが」
「気持ちだけで十分だよ」

そんな会話を交わすと、急にわかさぎ姫は怯えた顔をして、水中へ逃げてしまった。唐突な行動に、おれは焦った。何か気に障ることでも言ってしまっただろうかとさっきの会話を思い出すが、しかし思い当たることは無い。

「おい、わか――」

彼女の名前を呼び終わる前に、ばしゃあんっ! という大きな水の音が耳を刺激し、身体全体を水に叩きつけられた。誰かに背中を蹴られたらしく、背中がジンジンと痛む。焦る頭で、どうやらおれは湖に落とされたのだと察した。
おれは溺れまいと、急いで水面に上がった。酸素が取り入れられるようになり、苦しさが無くなる。

「はははっ! いい気味だねえ」
「なっ、正邪!」
「よう普通の人間。どうだい? 私のこと嫌いになったか?」

にやにやと悪い笑みを浮かべる正邪。どうやら最近、おれに嫌われようと頑張っているらしいが、こういう悪戯をされることはもう慣れっこなので、正直どこを嫌えばいいか分からない。確かにあの時の異変の黒幕は彼女であり、やったことも嫌われて同然かもしれないが、おれには関係ない……と言うと語弊があるが、つまるところおれは彼女を嫌いになれないという事だ。

「いや、この程度で嫌いになってもらおうなんて、甘いぜ正邪」
「なに!? どういうことだ!」
「おれは、この程度の悪戯は慣れっこなんだよ」
「ふんっ! なら嫌われるまでやればいいんだろう!」

彼女はおれの箒を手に取り、棒の部分でおれの頭を思いっきり殴った。それは切れのある重い一撃で、鐘のような音が頭に響く。おれの身体は痺れたように動かなくなって、また水に沈んだ。
しかし、その刹那に複雑そうな顔をする正邪が見えて、彼女にもきっと良心は存在するのだと確信した。そう思うと途端に彼女が可愛く思えてきて、頭の痛みが水に溶けたように無くなって、おれは急いで水面に上がった。

「ぶはあ!」
「はは、どうだ」
「……だ、大好きだぜ正邪ちゃん」
「や、やめろ!」

ばしゃんっ! と今度は水面を箒で叩く正邪。とうとう怒ったのか、彼女の顔は真っ赤だ。
正邪は息切れを起こしながら、声を荒げ始める。

「なんだよ! 嫌いになれよ、私のこと!」
「嫌いになれないんだから仕方ないだろ。おれはこの程度で相手を嫌いになったりしない」
「それは私に対する嫌がらせだ!」
「嫌われてそんなに嬉しいか?」
「ああ、嬉しいさ」

そう言って、彼女は湖に箒を投げ捨てる。若干涙目になりながら、正邪は「頼むから、嫌いになってくれよ」と呟いた。
そのまま彼女は、おれに背を向けて飛び去っていってしまった。その姿を見届けていると、後ろからつんつんと肩を叩かれた。

「あのう……大丈夫ですか?」
「あ、ああ。わかさぎ姫か。大丈夫だよ」
「貴方の後ろで笑う彼女があまりにもゲスの顔をしていたので逃げてしまい……すみません」
「そんな顔してたのか……」

なんとなく予想がつく。そんな顔をしなければ、結構彼女はカッコいいのに。
ふと、彼女はどうしておれに嫌われようと執着するのだろうかと、そんな疑問が頭を過った。確かに正邪は好かれると自己嫌悪するとか、嫌われることに快感を見出してるとかいう変人だけど、それはやはり彼女の「なんでもひっくり返す程度の能力」が関係しているのだろう。

どうしてか、彼女はおれの事を嫌っていないような気がした。嫌ってくれとは言うけれど、おれの事が嫌いなのだと彼女が言ったことは一度も無い。
そんな少ない可能性を信じれるほど、おれは正邪のことを好きなのだと思う。


ひっくり返って、
(嫌ってくれないと、好きになってしまいそうなんだよ!)



bkm
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