私と同じです(小傘)
幻想郷に雨が降っている。ざあざあと強い雨が瞬く間に地面を濡らしてゆく。
雨が降れば大抵の人間や妖怪もむやみに外へは出たりしないものであるが、しかし彼女は違った。その光景を見るなりぱっと笑顔になり、妖怪傘を手に持ち家から飛び出したのだ。

「雨だ、雨だ!」

思いきり走ると、はねた雨粒が洋服にかかる。しかし、それさえも彼女は気にしていない様子だった。
前までの彼女なら、雨でこんな風に喜んだりはしなかった。捨てられた思い出もあるし、なにより人が出てこないのだから驚かすことも出来ず、雨が続いた日はいつも空腹だった。
それが何故こうなったかと言えば、彼女――小傘が密かに思いを抱いている青年、夜月の影響であった。

「夜月さん……」

自然と彼の名を呟くが、それは雨によってかき消される。今はそれで都合が良かった。
夜月は感情の起伏が激しく、彼女が驚かすと期待以上の反応を見せてくれる。彼の反応と、その後に見せる困ったような顔が、小傘は大好物だった。

彼との出会いはそこまで遠い過去ではない。たまたま用事があり、その途中で雨が降った時の帰り道に、彼がいたのだ。
夜月は箒にまたがり、地面すれすれの高度をゆっくりと飛んでいた。雨の日に人間を見るのは珍しいな、と小傘は暫く彼を見つめ、驚かそうとゆっくり近づく。

「うらめしやー!」
「うわっ!」

耳元で叫んでやれば、人間は簡単に驚いた。久々に驚いてくれたことに感激し、小傘は腹と胸がいっぱいになった。
一方、驚かされた彼は箒から落ち、その上濡れた地面に身体を叩きつけられ、びしょ濡れになってしまっていた。それを見た小傘は、流石に良心が働いらしい。
大丈夫ですか? と声を掛けようとして、止まる。自分から驚かしておいて、これは酷くはないか。と考えたのだ。

「あ、あの……えっと」
「うえー、折角の服が汚れちゃったな」
「あ、あう。ごめんなさい!」
「え?」

彼は不思議そうに小傘を見つめた。そしてすぐに彼女の言いたいことを察し、「ああ」と頷く。
そんな彼の様子に、今度は小傘が驚いていた。

「おれに悪戯したってことは妖精か?」
「あ、いいえ、私は妖怪、ですよ」

バカ正直にそう答えて、小傘は持っていた妖怪傘を彼に見せる。夜月はまたそれに驚いたようで、感嘆の声を上げた。

「からかさお化け、か。なるほどね」
「知っているんですか?」
「そういう種族がいるって事だけね。で、おれの名前は夜月って言うんだけど、キミは?」
「わ、私は多々良小傘です」
「初めまして、小傘ちゃん」
「は、初めまして……」

驚かしてお腹いっぱいになったら、逃げてしまうつもりだったのに。どうして知り合いにまで成り上がっているのだろう、と小傘は心の中で苦笑した。彼はなにか妖怪に限らず色んなものを惹きつける何かがあるのだと、この時小傘は確信していた。

「小傘ちゃんは心を食べる妖怪なんだね?」
「はい、そうです!」
「なら良かった。もし小傘ちゃんが良ければ、また声掛けてね」

そう言い残すと、彼はまた箒にまたがり、今度は急ぐように飛び立っていったのだ。
そんなことを言ってくれた人間は彼が初めてであり、あまりに嬉しくて、雨に紛れて彼女は泣いた。

それから、小傘は夜月を見つける度に思いきり、あの時と同じ方法で驚かした。たまに失敗することもあったけれど、彼はいつも小傘の腹と胸をいっぱいにしてくれた。
だから、そんな優しい彼を思い出すため、彼女は喜んで外に出たのだ。
彼に会えるという訳ではないけれど、雨というだけで彼を思い出して胸がいっぱいになった。
ばしゃばしゃと音を立てながら、彼女は歩く。と、そんな時だった。

あの時の事を思いだしながら歩いていると、少し離れたところに人影が見えた。
目を凝らすと、綺麗な金髪が見え、それは想いを抱く彼のものだと気付く。彼は傘も差さずに、道のど真ん中で立ち尽くしていた。そんな彼の様子を見た小傘は急いで夜月の元へ駆けつける。

「夜月さん!」
「! 小傘ちゃん!」

ぱっと、小傘が雨を見たときのように笑顔を咲かせる夜月。そんな彼に小傘も思わず頬を緩める。夜月は嬉しそうな口ぶりで、話し始める。

「会えたね」
「え?」
「こうして雨の中に居れば、小傘ちゃんに会える気がしたんだ」
「え、うそ……」
「ん? どうしたの?」


それ、

「でも夜月さん、傘くらい差していてください。風邪引いちゃいますよ」
「小傘ちゃんのに入れてもらうから他の傘なんていらない」
「もう……」



bkm
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