男のプライド(リグル)
子守唄に出来そうもない魔理沙のいびきを聞きながら、おれは眠れない夜を過ごしていた。明日はいつものようにやることが沢山あるから、早く寝て早く起きなければならないのだけれど、眠れないのだから仕方ない。
天井を見つめていた眼を、窓へ移す。雲一つない星空が見える。星が一つ一つ数えられるほど目近い青さの空に、おれはどうしてかインクをぶちまけたくなった。
溜め息を吐き、せめて浅い眠りにつこうと目を閉じた時だった。

こんこん、と、遠慮がちに扉がノックされた。
おれは身を起こして、扉を見つめる。

「こんな時間に……誰だ?」

魔理沙の方を見ても、ぐーぐーと爆睡していて、ノックに気付く様子も無い。気のせいかな、とベッドに身を沈めた刹那、また遠慮がちにこんこんこんと叩かれる扉。
それが気のせいでは無いことを悟り、重い身体を起こして扉へ向かう。
向かっている最中も扉が叩かれるから、はいはいと返事をする。本当に、誰なのだろうか。依頼人なのかと思ったが、わざわざ危険な妖怪が出回るこんな時間に依頼になんて来ないだろう。
おれは恐る恐る扉を開ける。最初に見えたのは、触覚だった。
触覚? と全体を見ると、その正体は妖蟲、リグル・ナイトバグだった。

「やっ!」
「やっ! ってお前……こんな時間になんだよ」
「ねえ、星が綺麗だよ。一緒に森を散歩しない?」
「それは嬉しいお誘いだけど、生憎おれは人間なんだ。わざわざ妖怪がうようよいる時間に出回りたくないよ」

えーっ、とリグルは至極残念そうに眉を下げる。さっきまでピンピンだった触覚もたらりと元気が無くなってうなだれる。そんな彼女の姿に、おれはあっさり負けてしまった。

「あ、あー。まあ、分かった分かった。行くから待ってて」
「ほんと!? やったあ!」

子供っぽい笑顔を浮かべるリグル。やはり、こういう顔の方が彼女には似合っている。おれは一旦部屋に戻り、魔理沙のミニ八卦炉をこっそり持ち出し、早く行こうと催促する彼女の元へ駈け出した。


鬱蒼たる森で二人きり、おれとリグルは首が痛くなるくらい星空を見上げていた。窓から見る小さな星空よりも、星に囲まれるようなその景色は、さっきまでのおれを浄化していった。
さっきまで憎かった目近い青さに、今では感謝する。こんな空にインクなんて零してはいけない。

「ね、綺麗でしょう?」
「ああ。そうだな」
「あ、私の仲間がいる」

リグルは少し遠くで飛んでいた蛍を操り、おれに蛍の小さなショーを見せてくれた。綺麗に光る蛍に、おれは魅了される。

「リグルもこうやって綺麗に光るのか?」
「勿論。私はもっと綺麗に光るよ!」
「じゃあ今度見せてくれよ」
「別に今でも構わな――うわっ!」

びゅううっ! と、会話が終わる前に、急に射命丸が凄いスピードでそこを飛んだかのような強い風がおれらを直撃した。蛍は飛ばされてしまい、木々が苦しげに風にたわむ。おれはリグルが飛ばされないように咄嗟に腕を掴んだ。

「リグル! 大丈夫かっ」
「く、夜月も平気?」
「おれは平気――って、うわっ!」

風に乗ってやってきた何かに、おれは押し倒される。強く地面に頭を打つ。
咄嗟にリグルを掴んでいた手を離したから、彼女は平気だろう。呑気にそんなことを考えながら目を開けると、どアップで映る妖怪の顔。ひっ、と小さな悲鳴を上げる。まずい――このままじゃ……

「夜月!」

ラッキーとばかりに歪んだ妖怪の顔。大きく口を開け、そのままおれは喰われ――る前に、大勢の羽音が聞こえ始めた。ぎええ、とおれの上に乗った妖怪が唸り声を上げる。おれはただ聞こえる羽音が気持ち悪くて、必死に耳を塞いでいた。


身体が軽くなり、羽音が止んだ。恐る恐る目を開けると、心配そうにおれを見つめるリグルの顔がそこにあった。

「リグル……」
「夜月! 大丈夫?」
「ああ、平気だ……まさかリグルに守られるとはね」

ポケットのミニ八卦炉を触る。折角持ち出したのに、取り出す隙もなかった。

「良かった……夜月の身に何かあったら私、私……」
「おいおい。泣くなって。おれは何とも無かったんだから」

ぐすぐす言いながら彼女が流す涙を拭ってやる。目に触れないように、優しく拭った。

「なあリグル、お前も女の子なんだしさ」
「うん?」
「今度リグルの身に何かあったら、おれが守ってやるからな」


おれにも男のプライドってのがあるんだぜ

「なにさ。さっき何もできなかったくせにー」
「ぐ、言いやがったな!」
「あはは!」



bkm
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