※共依存っぽい話
静かで寂しいと書いて、静寂。フランちゃんが一人の時はこの部屋は静寂で包まれているのだろうか、と、そんなことを考えた。
原型を留めていない縫い包み、引き裂かれた毛布。これはもう見慣れた光景だ。唯一綺麗なのは、最近おれが彼女にプレゼントした人形。それだけは傷一つ付けずに彼女の腕に抱かれていた。
「やだ。やだやだ!」
「何も言ってないよ」
「身体は言ってるよ、もう帰っちゃうんでしょ?」
「……ギリギリまで、一緒にいるから」
解かれた静寂に紛れ、フランちゃんの啜り声が耳を掠めた。また明日来れると言うのに、一瞬の別れさえも彼女は拒む。
背中から腹に回された手は、彼女の性格に似合わずとても華奢だ。おれを誤って壊してしまわないよう、フランちゃんは腕の力を加減しているようだが、正直言って結構苦しい。
「ねえ、もういっそのこと、一緒にここに住もうよ」
「それは……ごめん。無理なんだ」
「なんで?」
「帰りを待ってくれている、妹がいるもんでね」
「魔理沙でしょ?」
「うん。可愛げのない可愛い妹」
「私も妹だよ?」
「フランちゃんはレミリアの妹だろ?」
私は夜月の妹が良かった、とフランちゃんは小さく呟く。きっと今頃フランちゃんは自分と魔理沙を取り換えたいとでも思っているのだろう。魔理沙にこの部屋は……うん、合わない。
そんなことを考えて、おれは咲夜さんに借りた時計を見る。この部屋は地下にあるから、時計でも見ないと時間が分からないのだ。
針はもう7時を指している。宵闇が出てくるとおれの天敵がふわふわ空を飛び始めてしまうので、早く帰らなければならないのだが、しかし後ろの少女をどうしたものか。
「フランちゃん」
「言わないで!」
嫌なの……と頭をぐりぐり押し付けてくるフランちゃん。おれだって、別れたくないと言えば確かにそうだ。しかし495年以上生きている彼女ならば、一日なんてあっという間だろうに。
おれは身体を動かし、彼女を振り返る。フランちゃんは苦虫を噛み潰したような顔でおれを見る。まったく、とおれは思わず呟いてそのまま彼女を抱きしめた。ひゅっと息を飲む音。
すぐに、彼女はおれの背に腕を回す。
「夜月、温かい」
「フランちゃんもな」
暫くの間抱き合い、もうそろそろ良いだろうと身体を離す。彼女も名残惜しそうに腕を離した。
「この温もり、次来る時まで忘れんなよ?」
そう言ってやると、フランちゃんは元気よく「うん!」と頷く。
おれが部屋を出ようとすると、彼女は小さく「絶対、また来てね」と言った。パタン、と無機質なドアの音が廊下に響いた。
そして感じる、人影。
「妹様の様子はどう?」
「咲夜さん」
「時計返して頂戴」
「あ、ああ、ありがとうございました」
どういたしまして、と咲夜さんは笑う。返した時計を大事そうに何処かへしまい、彼女はおれに向き直った。
「随分、毒されているのね」
「絆されているって言ってくださいよ」
「同じことよ」
「おれはフランちゃんが好きだから来ているんです」
「妹様もきっとそうね」
そっと扉を振り返る。きっとフランちゃんと部屋は今頃、静かで寂しいことだろう。おれも、彼女がどうも気になってしまうのは静かで寂しい人間だからなのだろうか。
「最初はおれが来る度、弾幕ごっこしようと騒いでいたんですけどね」
「いまはどうなの?」
「妙に慎重で、優しいんですよ」
「随分愛されているのね。まあ、お嬢様に夜月だけは壊すなって言われているのもあるのでしょうけれど」
「……また明日も来ますから」
「貴方も変わり者ね」
長い会話を終え、おれは扉を振り返らないように廊下を進み始めた。おれは、彼女に毒されているとしても、寛容に受け入れてやるのだ。愛するとは、つまりそういうことだ。
毒される
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