いつか一緒に(美鈴)
「ダメです」
「まだ何も言ってない」

ただ紅魔館の門の前に降り立って、美鈴と目を合わせただけなのに断られた。しかし彼女が何を拒むかは、もう分かりきったことだ。

「入れてくれないんだろ?」
「分かっているじゃないですか」
「いや、分かってない。毎度聞くけど、どうして入れてくれないんだ?」
「侵入者を拒むのが門番の役目ですから」
「魔理沙や霊夢はすんなり入れているくせに」

美鈴は黙り込んで、静かに太極拳の構えをとる。おれが弾幕ごっこをしないことを知っているから、彼女はこうして物理的に脅しをかけてくるのだ。
魔理沙の話に寄れば、美鈴はいつも門の前で寝ているらしいのだが、おれが行くと彼女は必ず起きていて、おれが紅魔館の中に入ろうとするのを拒んでくる。そうなったのはつい最近のことで、前はおれの顔を見るだけですんなりと入れてくれたりしていたのに、どうしてこうなってしまったのだろう。
レミリアがおれを拒んでいるのかと思ったけれど、最後会った時は「また来なさい」と命令形で言われたのを覚えているから、きっとそんな筈は無いと信じている。

「なら力づくで入るか」
「弾幕を打ちますよ」
「卑怯だ!」
「貴方も弾幕を打てばいい話です」
「弾幕は男がやるモンじゃないんだよ」

美鈴はどうして? と言いたげに首を傾げる。弾幕ごっこは少女の遊びであって、男のおれが加わっていいものじゃない。歴然とした力の差ってやつも生じてしまうから。
美鈴はそれを分かっていながら、おれが紅魔館に入ろうとすると弾幕の準備をしてくる。まったく卑怯な奴だ。

「夜月さんが来ると、妹様が大喜びして紅魔館で暴れまわるので迷惑なんです」
「おれが何とかすればいいんだろう?」
「入らなければ何とかする必要も無いでしょう」
「なんだよ、もう」

つまるところ、入れてはくれないと。でも、初めて語ってくれた理由が「迷惑だから」なんてのは少しばかり胸にくるものがある。おれが来ないって理由でフランが暴れないかな。そうしたらきっと入れるのにな。と、そんな可能性に希望を持とうとする。

「はあ……分かったよ。でもまだ、諦めてないから」
「ええ、私も諦めません」
「美鈴、おれのこと嫌いなの?」
「まさか。私は嫌いな人に敬語なんて使いません」

その答えに、少しだけ安心する。おれは「じゃあ、」と挨拶をして、箒にまたがり来た道を戻ることにした。ああ、明日はどう美鈴を説得しようか。



「……行っちゃった」

雲一つない綺麗な幻想郷の空に、彼――夜月さんは消えていった。その後ろ姿を見届けると、頭を後ろからパシンと強く叩かれてしまった。同時に、光るナイフが見えた気がする。
予想外の刺激に、私は頭を押さえて悶絶する。こほん、と後ろで咳払いが聞こえた。

「『夜月はいつ来るのかしら。まさか、何処かの門番が彼を追い出しているなんてこと、無いわよね?』と、お嬢様がご立腹よ、美鈴」
「い、たた。……すみません、咲夜さん」
「謝るならお嬢様に謝りなさい。まあ、気持ちは分からなくもないけれどね」
「本当ですか!?」
「ええ」

咲夜さんは呆れながらも、私に共感をしてくれた。それはとても嬉しいことではあったけれど、私の我儘でお嬢様達を困らせていると思うと、従者失格だと自覚しなければならない。
私が彼を拒む理由。先ほど彼に伝えた迷惑と言うのはただの建前で、本当は自分の置かれた立場を恨んでいるからだ。そして言ってしまえば、お嬢様達に嫉妬をしているからでもある。
門番という立場上、私は一日が終わるまで持ち場を離れられない。つまり、彼が紅魔館に来ても、彼を見ていることすら出来ないのだ。……それだけの、私の我儘。
だから私は彼を拒み、自分が尊敬し仕えるレミリアお嬢様に、嫉妬などと言う感情を抱かないようにしている。それでも、お嬢様に迷惑を掛けていることに変わりは無いのだけれど。
彼を引き留めている時間だけ、彼との時間が過ごせるという、隠れた欲もそこに孕んでいた。そんな最低な自分に、嫌気が差してくる。

「でもね、美鈴、お嬢様はそれでも絶対に貴女を解雇にしたりしないわよ」
「……本当ですか?」
「ええ。お嬢様は、貴女のことを、ちゃんと見ているもの」

そこで私は、はっとする。お嬢様も咲夜さんも、きっと他の皆も、私の想いに気付いているのだ。気付いていながら、放っておいてくれているのだ。そして、先ほどのお嬢様の言葉は注意なんかじゃなく、

「応援してるわよ、美鈴」
「咲夜さん……」

応援、だったんだ。本当に遠回しに、背中を押してくれているのだ。

「咲夜さん」
「なに?」
「きっと明日は、お嬢様の元に彼は行きますよ、とお嬢様に伝えてくれますか」
「ふふ、……分かったわ」


いつか一緒に、二人きりでお茶でもしませんか。
(明日はこの想いを、彼に伝えるんだ)




bkm
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