ラブソングに赤面(ミスティア)
「……今日も来ない」
「気にしすぎなんじゃない? 彼も色々と忙しいみたいよ」

ミスティアは残念そうに溜め息を吐いて、焦げそうになった八目鰻を急いでひっくり返す。そんな彼女の様子を、たまたま客として屋台に訪れていた霊夢は呆れたように見つめていた。
ミスティアの話に寄れば、毎日のように屋台に訪れていた夜月の「ミスティアの歌を聞いてみたい」という要望に応え、自分の歌を聞かせて以来、彼は屋台に来なくなってしまったらしい。ミスティアは自分の歌に彼が惑わされてしまい、夜道で遭難して妖怪に食べられてしまったんじゃないかと心配しているようだ。確かに霊夢の言う通り、気にしすぎている気もしなくはない。

「歌を聞いたあと夜月は八目鰻を食べて帰ったんでしょ? なら大丈夫じゃない」
「でも……」

ミスティアは俯く。ただ会えないというだけでここまで悲しむということは、何か彼に特別な感情を抱いているのだろう。それを即座に覚った霊夢は、ミスティアのように深い溜め息を吐いた。
霊夢のその溜め息はミスティアの女々しさに呆れているのではない。彼女の溜め息はミスティアの鳥頭に呆れているのだ。魔理沙の兄である夜月は魔法使いとは言えど人間である。
人間を襲うことが大好きな彼女が、どうして人間にそんな感情を抱いてしまっているのだろう。霊夢にはそれが不思議でならなかった。

「あんたが人間に恋をしているなんて吃驚よ」
「あ、うう……」

恋、という単語を出した途端にミスティアは顔を真っ赤に染めて、いっそう深く俯く。こいつ、ウブすぎる。

「まったく、あんたって本当にバカね」
「酷いわ。私は真剣に悩んでいるのにっ!」
「一週間来てないだけでしょ? もうちょっと待ってみなさいよ」
「もういっそのこと探しちゃおうかな……」

えへへ、とはにかむミスティア。さっきまで目尻に涙を溜めながら俯いていたのに、探すと言った途端にこれである。恋の力って絶大なのね、と霊夢は若干引いた。

「……歌でも歌っていれば?」
「え?」
「それを聞いて夜月はふらふら顔を出すかもね」
「あ、そうか! うん、落ち込む時は歌を歌うのが一番だよね!」

自分の生きがいまで忘れていた。確かに彼の事を想ってボーっとしてしまうのは恋だからと済ませられるけれど、これはかなりの重傷だ。
霊夢は惑わされては困るとそそくさと屋台を出て行った。もし本当に彼が現れたとき、邪魔にならない為にも。



「……〜♪」

屋台に一人残されたミスティアは、ボーっとして思い浮かばない歌詞を必死に作りあげ、口ずさんだ。なかなか納得のいかない歌詞に、彼女は首を振る。
もう屋台には誰もいない。きっと彼も来ない。ならばいっそ、彼への想いを言葉にしよう。歌に、乗せよう。

好きなの。会いたい。いまどこにいるの? どうして来ないの? 夜月、好きだよ。
叫ぶように歌った。ありきたりなラブソングを、紡いだ。好き好き大好き。私の料理を美味しそうに食べる貴方の顔が、好き。
愛してるとは一度も言わなかった。ただひたすら好きだと紡いだのだ。想いが伝わらなくったって、私は歌い続けてやる。
そして即興ラブソングが二番に差し掛かった、その時だった。

「あの時と歌詞も曲調も、全然違うね?」
「ひあっ!」

屋台に、彼が立っていた。少しだけ頬を紅く染めた愛おしい彼を、ミスティアはそこに、見つけた。
あ、うあ、と言葉にならない声を出し唖然とする彼女を、夜月はクスリと可笑しそうに笑って、彼はカウンターに座った。

「最近来れなくてごめんね、この前の歌を聞いたら妙に元気が出てきちゃってさ……ちょっと白玉楼で剣の指南を妖夢師匠にしてもらっていたんだ」
「あ……そう、なの」
「うん。でも一週間ぶっ通しでやっていたから流石に疲れたよ。でも、その歌を聞けば、疲れなんて何処か行きそうだなあ」

ニコニコ、意地悪そうに笑う夜月に、ミスティアは混乱する。聞かれていた。思いっきり聞かれていた。歌ったら、本当に来てしまった。

「ねえ、歌ってくれないの? それなら、おれが歌っちゃうけど」

その歌に惑わされたのは、どちらだろう。






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