「尾浜先輩、好きです」
頬を真っ赤に染めながら委員会の後輩である彦四郎は俺にそう告げてきた。可愛い。愛しい。そう思わずにはいられない。
同じ委員会の後輩でもある庄左ヱ門には欠片も抱かない想いをこの子には抱いてしまう。出来ることならこの想いに応えてしまいたい。だけど、それは出来ない。
俺は五年生で、彦四郎は一年生で。
長くても後一年しかこの子と過ごせないのはわかっているから。彦四郎が俺を慕ってくれても、俺自身も彦四郎と繋がりたくても、頷くことは出来ない。
だから、言おう。
今はどちらにとっても苦しいだけの、拒絶の言葉を。きっと、後になってよかったと思えるはずだから。
(落乱/勘→←彦)

「好きなんです、たとえ一時の感情って言われようとも、僕は、尾浜先輩が好きなんです……っ!」
「…………」
「分かっています、後一年もしたらもう会えないって。でも、それでも、僕は尾浜先輩が好きなんです……!」
「彦は、さ」
「はい?」
「彦はさ、どうしたいの?」
「どう、とは……?」
「勘右衛門と付き合いたい? それともただ好きなだけ?」
「……っ、僕、は」
「彦が言った通り私たちはあと春が二回来たころにはこの学園からいなくなってしまう。それを理解して、その上で彦はどうしたい?ただ勘右衛門を慕うだけならやめた方が」
「そこまでだ、三郎」
「勘……」
「尾浜、先輩……」
「後輩いじめもほどほどにしとけって言っただろう?」
「いじめてなんかないさ。ただアドバイスをしていただけなのにひどい濡れ衣だ」
「勝手に言ってろ。……彦四郎、悪いけど今からちょっと取り込んだ話をするから自分の部屋に戻ってくれないか?」
「……はい、わかりました。鉢屋先輩、失礼しました」
「勘、お前さっきの彦の言ってたこと聞いてただろう?」
「ああ、聞いてたよ」
「でもってお前自身も彦のこと、想っているだろう?」
「そうだけど?」
「なら、何故応えてやらない?」
「……鉢屋は優しいなぁ」
「……なんだ、いきなり、気持ち悪い。今更苗字で呼ぶなんて何を考えている」
「いいや? 何も」
「そんなわけがないくせに。この道化が」
「なんとでもいうがいいさ。どうせお前にはわからないことだ」
「……勘、お前」
「お前も雷蔵も同じ年に卒業して、お前らの事だから同じ進路に進むんだろう?」
「当たり前だ。私と雷蔵は二人で一人になると決めている」
「……羨ましい」
「はぁ?」
「同じ年に卒業できるおまえらが羨ましいよ」
「勘、」
「話はこれまでだ。行くぞ、三郎。今度の演習のことで話し合いをするために兵助やハチや雷蔵が待ってる」
「……ああ、わかった」
「遅れたら明日の委員会の時のお前の分の団子、食べるからな」
「ちょ、ふざけるな!」
「ふざけてなんかない。甘味は好物だしな」
「勘っ!!」
「お前が遅れなければいいだけじゃないか」
「……っ、わかったよ、すぐ行けばいいんだろう、すぐに!!」
「そうそう」
(多分、勘は、期待しようとしていないだけだ。期待して、叶わなかったら虚しいだけだと、思ってる。だから、彦の事を想っていても彦に想いを告げられても、応えようとしない。馬鹿だ、勘は馬鹿だ。あんな表情するくらいなら最初からあきらめなければいいのに。もがいてもがいて、手に入れればいいのに。私も、そうだったからよくわかる。彦、彦四郎。どうかあの馬鹿の手を諦めないで取り続けてくれ)
(落乱/勘→←彦 +三郎)


「勘」
「なぁに、鉢屋」
だらりとだらしなく私の膝の上に頭を乗せて寝転ぶ勘の特殊な髪を手の中で弄びながら名前を呼ぶ。思いっきり寛いでると言った声音をしながら勘は私の方を向く。その顔もだらしなくにやけていて、無性にムカついたので、思わず頬をつねる。
「ひゃちや、いひゃい」
「知るか」
抗議する勘の言葉を無視して更に強く頬をつねる。勘が涙目になったあたりで流石にかわいそうになって、手を離してやると少しだけ痛がってから、またにやけ始めた。
「気持ち悪い」
「ひどいなぁ、鉢屋は。俺はこんなにも鉢屋を愛しているのに」
「ぬかせ」
「本当だってば。鉢屋だって俺の事愛してくれてるくせに」
「はぁ?」
「だってそうだろ?鉢屋がそこまでガラが悪いの俺といる時しか見た事がない」 「っ、」
「あ、大当たり? 真っ赤になった鉢屋可愛い」
「うるさい、この部屋から出てけ」
「はいはい、お姫様がそうおっしゃるのなら」
「誰が姫だ、このバカ勘! 早く出てけ!」
「はいはい、じゃあまたくるね、鉢屋。愛してる」
「もうくんな!」
(尾鉢/からかう勘ちゃんと照れる三郎)


僕にとって世界は色褪せていて、どうでもいいものだった。
「なんだ喜八郎。また穴を掘っているのか。……ふむ。やはりお前の掘る穴は綺麗だな」「……立花先輩」
「また顔中を泥だらけにして……滝夜叉丸に怒られるぞ」
「滝はいーんです。あいつはオカンみたいに世話を焼くのが好きだから」
「そういうわけではないと思うが……まあいい。それを掘り終わったら私の部屋においで。渡したいものがあるから」
「……わかりました」
そう言って立ち去るかと思えばしばらく先輩は僕が穴を掘るのをその場でみていた。不思議な人だ。僕の奇行を止めさせようとするわけでもなく見ているだけなんて。
でも、だから、だから立花先輩の側にいるときは何故か世界に色がついて見えるのかもしれない。
(仙綾/落乱)(まだ恋とは気付かぬ)

おいで、と言われながら手を差し出される。白くてすべすべしていて綺麗な手。でも、男らしく骨張った手でもある。この手を取ったらどうなるんだろう、とぼんやりと考える。今は、まだ何もない。この人と僕の間にあるのは今はただ、委員会の先輩後輩という関係だけだ。
でも、いつか、きっと一年にも満たないいつか、僕と先輩の関係が変わった時、僕はこの人の手を取れるのだろうか。そんな事を思いながら、僕は今だけは躊躇いなく立花先輩の手を取った。
(仙綾/臆病な綾部のお話)

『形』となったものは、残る。そう言っていたのは誰だろうか。確かに少なくともこの胸のうちの想いだって、紙にしたためれば手紙という『形』として残る。ならば、私の生きた証は残るのだろうか。残るとしたら、どういう『形』なのだろうか。
「立花先輩?」
「ん?ああ、喜八郎か。どうした?」
「いえ、特に何も」
そう言って当たり前かのように私の腿を枕代わりに寝そべる喜八郎の髪を手で梳く。喜八郎の髪はふわふわしていて、猫っ毛で、手触りがいい。無邪気、とは言い難いけれどそれなりに慕ってくれるのは心地良い。
髪質と相待って猫みたいだと言われる事もあるけどまさしくそうだと思う。これでも、一年生の時よりは全然マシになった。作法委員会の中で一つ下の後輩として心を砕いて来た。今になっても直らない所はきっと一生直らないだろうと思われる。だけど、それ以外は本当に私が持っている知識とかをそっくりそのまま教えたはずだ。そこまで思い出してからさっき考えていた自分にとっての『形』がなんなのかを悟った。
「喜八郎」
「はい? なんですか?」
「お前は私の『形』だよ」
「……はぁ。なんの事かわかりませんけど」
「わからなくていいさ」
『形』の意味なんて、わからなくて、いい。
(仙綾/自分にはなにが残せるのだろうと、考える仙様が書きたかった……はずなんだけどなぁ)

「おいで、喜八郎」
かつてはそう名前を呼んで、甘やかしてくれた人はもうこの箱庭にはいない。
「あなたがいないこの箱庭はつまらないです、立花先輩」
ポツリと呟けば前は声が帰ってきた。だけど、その声も、もう帰ってはこない。
(仙綾/だといいね/喪失の痛み、かな)


「私を、待っていてくれる?」
極々小さな声で不安を滲ませながら七松先輩は私に問う。
「はい。お待ちしております。あと二年はこの平和な箱庭の中で、それ以降はこの世界の片隅で滝夜叉丸はあなたの事をお待ちしております。だから、どうか、生きてください、七松先輩。いえ、小平太さん」
自信を声に滲ませながら七松先輩の瞳を見ながらそう答える。答えた途端、七松先輩が蕩けるかのような笑顔を見せる。
「待ってて、滝。必ず迎えに行くから」
「はい。……お慕いしております、七松先輩。どうか、元気なまま、迎えにきてくださいませ」
「うん。うん。わかった、わかったよ、滝。愛してる」
そういって、七松先輩は私のいたるところに口付けを落として行った。
「さ、七松先輩。時間です」
しばらくしてから、そう切り出す。七松先輩も、名残惜しそうにしていたけれど、もう時間だった。
「お気を付けて、七松先輩」
「うん。ありがとう、滝」
ああ、どうか――
(こへ滝/途中から方向性が迷子/七松卒業の日くらい)

わしわしと頭を撫でられる。せっかく完璧に整えてある髪を崩されるのはあまり好きではない。なのに、この暖かい手を私はどうしても拒めない。
「七松先輩」
「ん? どうした、滝ちゃん」
「好きです」
「そうか。私も好きだ」
「存じ上げております」
それはきっと、この明るい笑顔のせい。
(こへ滝/髪の毛……)


さらりとした赤毛を軽く引っ張る。
「なんすんだよ、兵太夫」
引っ張られた事に気付いた伝七が僕の事をじと目で睨みつけてくる。
「べっつにー? なにもしてないけどー?」
「嘘つけ!」
茶化すようにそう答えればすぐにのってきて、しばらく舌戦を繰り広げる。毎日のようにこんな事をしている。だけど、飽きた、だなんて思った事は一度もない。
「伝七」
「な、なんだよ」
「大好き」
「なっ、」
いつもは言わないような事を言うと、伝七の顔が髪の毛とおなじくらい真っ赤になる。何回言っても言い足りないのに、何回言っても真っ赤になる。そんな伝七が可愛くて仕方ない。
(兵伝/だといいね/色々迷子)


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