「失礼します、太公望師しゅ、く……」
太公望師叔に頼まれた書類を決裁して部屋を訪れると師叔は長椅子に身体を預けて寝ていた。
妲己が見たら「小さい身体だからこそ長椅子で寝れるんだろうな」と馬鹿にしそうだな、とついそんな考えが脳裏をよぎった。
本気で珍しい、と思いながら起こさないようにそっと師叔に近付く。いつもならこれくらい近寄ったら起きるのに今日に限って起きない。 それほど疲れているのだろうかと少し心配になる。元始天尊様に太公望師叔の補佐を、と言われて人間界まで降りてきたのに所詮この程度しか役に立っていないのかとつい考えてしまった。
そんな雑念を抱えながら枕元まで近寄ったのに一向に師叔は起きる気配がしない。本当に師叔は熟睡しているようでこれはこれでもし敵襲があったらどうなるのだろうかと少しだけそんな事を想像してしまった。
ふと首のあたりをみると、いつもは結われている髪が今は解かれており、まるで波のように師叔の長い髪が長椅子の上に揺蕩っている。
きっと、寝るために邪魔だから解いたのだろうと推測する。これもまた珍しい、と思いつつ師叔を起こさないようにそっと髪を一房、手に取ってみる。普段の様子からして特に気を使っている様子はないのに師叔の髪は艶やかだ。軽く三つ編みにして解いて、また三つ編みにするという行為を意味もなく繰り返してみる。解くたびにさらさらと手を滑る感触が楽しくて、次第にもっと長く細かく編み込んでみようと、つい手元に意識が集中する。
「楊栴」
だから、つい夢中になってしまい、上から声をかけられた時、反応が人符だ髪に注がれていた視線を上に向けた。 そこには師叔の呆れた顔があった。
「お前、いったい何をしている」
「え、あ、その、」
慌てて師叔の髪から手を離すも、師叔の髪を弄るのに夢中になってしまっていたことは事実だし、なにも言えない。それを視線で追った師叔はため息をついて、まだ眠気が残っているが存外しっかりした声音で、滔々と告げてくる。
「気付かなかった俺も俺だが、お前も俺の髪なんか弄って楽しいか? というかだな、そんな暇があるなら俺を起こせ、馬鹿者」
「太公望師叔こそ私がそんな事をしているのに気付かないなんて、不用心ではないでしょうか。もしこの瞬間に敵襲があったらどうおつもりでしたか」
「そんなのお前がなんとかするだろう」
「だからといって……」
「それにお前の事はそれなりに信頼しているんだ。……わかったらさっさとその手に持ってる書類を俺に渡せ」
そこで強引に話を切られて、仕方なく書類を手渡した。師叔はその書類に一通り書類に目を通し、問題がない事を確認してから再び書類を突き返して来た。
「この書類は姫発に届けといてくれ。お前がいるなら姫発も仕事をするだろうしな」
「わかりました。ではまた何か用があったらお呼びください」
「ああ。……ありがとう、楊栴。助かった」
師叔の部屋を出る間際、聞こえるか聞こえないかくらいの大きさで呟かれたその言葉が嬉しくて、私はそっと微笑んだ。

(L.G.S/太楊)

2013年2月ラヴコレ無配でした。

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