次屋先輩は、細い。
決して筋肉がついていないわけではない。
そもそも体育委員会に所属していて筋肉がついてない、という事態はあり得ない。
かと言って七松先輩みたいに服の上からでもわかる感じではない。
いわゆる『脱いだらすごいんです』という感じだ。
(いいなあ……)
目の前にいる次屋先輩はやっぱりじっくり見てもそんなに筋肉がついていない感じで、でもぺた、と次屋先輩の胸あたりに掌を置けば硬い胸板の感触が伝わってくる。
そのまま首筋や二の腕などもぺたぺた触っていく。
(羨ましいなあ……)
たった一年。されど一年。
成長中の僕たちにとって一年というのは結構大きい。
それに、自分があと一年でここまでの筋肉がつくとは思えない。
(もっと、頑張らなきゃ)
そう決意を新たにしていた時だ。
「…………なぁ、しろ。誘ってんの?」
そう、頭上から爆弾が落とされたのは。
次屋先輩の声で我に帰って今の自分の状況を確認する。
今は委員会中で、さっき行きのマラソンが終わって、また帰りもマラソンをするから一旦休憩中だった筈だ。
下級生は木陰で休んでいて、金吾はその下級生をさりげなく見守っていて、僕は帰りの道筋をどうするかを次屋先輩と相談していた筈なのに、何故か今、僕は次屋先輩の膝の上にいた。
「!?」
「さっきから俺の首筋とか胸とかぺたぺた触ってきてさ?しろ、誘ってるとしか思えないんだけど?」
「い、いえっ、そんなつもりは全くなかっ、」
「触っているうちにいつの間にか俺の膝の上に乗っても来るし?まさか昨日シたのにまだ足りなかった?」
「いや、あれ以上は委員会がある日には勘弁して欲しいんですけど……」
「もう、真っ昼間からしろってば大胆だなあ」
弁解しようとするものの、畳み掛けるように次屋先輩が次々と言ってくるものだから言葉が言葉にならずに途切れ途切れにしか出てこなくて空回る。
次屋先輩のニヤニヤとした笑顔がなんだか憎らしい。
そんな僕の肩をぐいっと引き寄せて、僕の耳元で、僕にしか聞こえない音量で次屋先輩が声に艶をたっぷり含ませて囁く。
「なんなら今日も、する?明日は委員会無いし、学園も休みだから、ちょうどいいし」
ボンッと爆発したかのように一気に顔に熱が上ってくるのがわかる。
「ー……っ!次屋先輩、あなたって人は……!!」
「だって俺、始終しろが足りないし。で?今夜、しろの部屋、行ってもいいの?」
ん?と首を傾げる仕草こそは可愛いものの、次屋先輩の瞳はまるで狩人のような目をしていた。
だめだ、これは逃げられない。
「………………い、で……よ」
「うん?しろ、聞こえない。もっと大きな声で言って?」
「来ても、いいですよ……っ!」
ようやく聞こえるレベルまで絞り出したその言葉を聞くと次屋先輩は相好を崩した。
「うん、じゃあ行く。今夜しろの部屋行くから」
そう言って次屋先輩は僕の目尻や首筋にかするような軽いキスを次々と落としていった。
唇の仄かな体温が僕の理性を蕩けかけさせる。
きっと明日は部屋から、もしかしたら布団からすら出られないかもしれないけど、それはそれで次屋先輩と一緒にいられて次屋先輩を独り占めできるなら悪くないかもしれないと思った。
ああ、もう、本当に────。
「好きです、次屋先輩」
「俺も。好き。愛してるよ、しろ」
(オマケ)
「皆本せんぱーい!」
「次屋先輩と時友先輩がー!」
「…………あの二人は気にしなくていい。さ、あと少ししたらまた帰りのマラソンだからもう少し休んでなさい」
「「はーい!」」
ついうっかり次屋先輩と四郎兵衛先輩の一連の動きを見てきゃいきゃい騒ぐ下級生を宥めてから改めて二人を見る。
打ち合わせをしていた筈の二人はまだいちゃついていた。
(……せめて委員会が終わってからにすればいいのに)
正直、二人の空間を作ってしまっているあそこに割り込みたくはないけれど、そろそろ帰途につかなければ日が暮れる前までに学園につけない。
それに、同室のあの子の元に早く帰りたい。
きっと四郎兵衛先輩は気にしないだろうけど、次屋先輩には睨まれるんだろうなぁ、と考えて少しだけ憂鬱な気分になりつつも重い腰をあげた。