それは些細な一言だった。


ずっと昔、まだ道が人の足で踏みしめた砂利ばっかりの地面だったり、空が広くて、とても青く、綺麗だった頃。
僕は男として生まれ、途中までは風魔で、父親の関係で相模から出てからは忍術学園で忍びとしての技術を学んでいた。
先生にも、先輩にも、同級生にも、恵まれ卒業するまでの六年間、安全な箱庭の中で過ごしていた。
卒業してからは剣豪として自分の力を試したい金吾と一緒に、時々金吾が実家に帰ったりもしたけれど基本的には二人で全国を転々と旅しながら気ままに生きて、死んだ。
先だったのは僕の方だ。

前に金吾と戦ってこてんぱんにやられたくせにそれを自分の実力だと認めたくなくて、卑怯にも金吾が愛刀を鍛え直す為に町の鍛冶屋に預けていることを知った上で不意討ちで襲ってきたやつから金吾を庇った時に出来た傷で死んでしまった。
傷を受けた僕よりも先に死んでしまいそうな顔をしていた金吾に「金吾は、生きてね」とひどい約束を一方的に取り付けた所で僕の、『山村喜三太』の記憶は終わっている。


それから五百年と少し。現代に生まれ変わった僕は、女の身体をしていた。

中学三年生までは記憶がなかったから別に何とも思ってなかった。
だけど、三年生の秋のある日、記憶は突然甦った。
自分が男だったこと。ずっと昔、室町の時代を生きたこと。そして、忍術学園のすべての事と、大切な金吾の事と、その金吾と卒業後に各地を転々としながら旅をした事と、僕の最期。
記憶が戻ってからは『今』にも忍術学園があるか必死で探した。
既に風魔学園に推薦をもらっていたにも関わらずなんとか頼み込んで推薦を消してもらって大川学園を受験した。
両親には「お前の好きなようにしなさい」と言ってもらえたし、与四郎先輩も僕が記憶を取り戻したと知るといつもの暖かい笑顔で頭を撫でながら応援してくれた。
大川学園に合格するために僕にしたら全力で勉強した。目の回るような期間が過ぎた後には春が待っていた。
無事に大川学園に合格した僕は感覚的にはまだ慣れないブレザーに袖を通して、大川学園の門をくぐった。

そこまでしてまで、僕は金吾に会いたかった。
室町の頃は別に恋仲でも何でもなかった。
ただの同級生、ただの同室、卒業してからも一緒にいることが出来たのだから少しだけ特別だったかもしれないけど、でもやっぱり僕らの関係はそんな特別なものではなかった。
金吾の方は聞いたことがないから最期まで知る由なかったけど、僕は金吾の事が好きだった。
泣き虫が直らなくてからかわれていた時や、その後立派に成長して凛々しくなった所とかに惹かれたし、泣き虫が直ったかと思えば時々、本当に時々僕にだけ見せる涙とかも、全てが愛おしかった。
だから、前の時は言えなかった事を、せっかく身体も前とは違うのだから今度こそは言いたくて、でもそんな理由なんかなくても心が金吾を求めていた。

だから、死にもの狂いで頑張って、そして大川学園に入った。
入学式の時に何の神様のいたずらだろう、と思ったくらいみんなと再会できた。
乱太郎、三治郎、伊助は僕と同じように女になっていたけれど他のは組のみんなは男のままだった。そう、金吾も。
それぞれ再開をよろこんでその日はしんべヱの家で軽くパーティーみたいなことをした。
久しぶりのは組にみんなは変わってなくて、居心地がよかった。
体育祭や文化祭、球技大会など前のい組やろ組と対決したり、変わらない委員会の先輩達と一緒に委員会活動をしたりと、一通りの行事が終わって、後は春を待つだけになった冬のとある日の事だった。

自分たちのクラスでみんなと庄左ヱ門と伊助を待っていた時、団蔵がじゃれ合いをしている僕と金吾を見つつかつ僕の胸元を見て羨ましそうにため息をついた。そういえば最近また大きくなったんだっけ。そんなことを考えてるとしみじみとした口調で団蔵が呟いた。

「本当に変わらないなぁ。いや、喜咲は女になったから出るとこ出てるか」

金吾嬉しいだろ、とかからかいながらそう言う団蔵に金吾は一瞬きょとんとしてから恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら団蔵にくって掛かっていた。
僕はというと、固まってしまっていた。

(え、変わらない?変わらないってどういうこと?室町の時と一緒ってこと?僕は、変われてない?金吾に今度こそ伝えるために変わろうって決めたのに変われてない?)

ぐるぐると思考が回って、少しパニックを起こしていたところにいきなり僕の顔を金吾が心配して覗き込んだ。
金吾としては団蔵の言葉で僕が傷付いてないか心配して覗きこんだんだろうけど、その、無作為で自然な動作と表情がさらにパニックを引き起こして、目の縁から水が溢れだしかけてきた。
いきなり泣くだなんて迷惑だろうからと咄嗟にみんなに背を向けて僕は教室を走り出た。

「え、ちょ、喜咲!?」
「喜三太!!!?」

背中の方から金吾と団蔵の焦る声が聞こえ、続けて団蔵の悲鳴が聞こえた気がしたけれど無視して走った。
誰も来ないような立ち入り禁止の屋上への出入り口まで必死で走った。

ここならだれも来ない。だけど大声を出して泣くと誰か来るかもしれないからと僕は声を殺して泣いた。

金吾、金吾、好き、愛してる、金吾が欲しい、そんな言葉じゃ全然足りないくらいに金吾を想ってる。
今度こそは金吾と確かなものでずっと一緒にいたいから、頑張ろうって決意したんだ。
でも、できてなかった。変われなかった。金吾、金吾、金吾。

「きんごぉ……」
「喜三太!」

誰も来ないはずなのに、金吾の声が聞こえて。
今、一番求めてるけど来てほしくない人の声で。
驚いて顔を上げるとそこには声の通り、金吾がそこにいた。

「なん、で、ここが」
「だって、喜三太、お前何かときはいつもここにくるじゃないか」
「あ……」

そういわれればそうだった。
ここは少し湿っていて、なめさんを思い出して安心出来るからと、何かあるとここにきて、いつも落ち着いたころになると金吾がいつも迎えに来てくれていた。

「今回はどうしたんだ、喜三太?」

声音がすごく優しくて心地いい。
宥めるような響きで僕に話しかけて、いつも最後に僕の心を宥めてくれるのはこの声だった。
でも、今回は違う。
いつもは金吾に『喜三太』と呼ばれるだけで落ち着くのに、今回はその『喜三太』が気になって仕方なかった。
金吾はいつも僕の事を『喜三太』って呼ぶ。
再び出会った時から僕たちは記憶を持っていたからそれは何も違和感を感じなかったし一部当たり前のように感じていた。
でも、今日に限ってはそれがまだ金吾の中で僕が『喜三太』のままで『喜咲』じゃない事の証明のように思えて仕方なかった。

「金吾」
「何?」
「僕の事『喜咲』って、呼んで?」
「喜三太……?」
「『喜三太』じゃなくて『喜咲』って呼んでよ。今の『私』を見てよ」
「……」
「金吾は、いつも『喜三太』ばっかり見て、『喜咲』を見てない。前の『僕』ばかり追いかけて今の『私』を見ようとしてない!!!」
「きさん、」
「呼ばないで!その名前で!!」
「……駄目だ、『喜咲』とは呼べない」
「なんで」

そこまで僕の事を異性として見たくないのか。そんなことを思っていると金吾は小さな声で呟いた。

「だって、喜三太の事をその名前で呼んだら、歯止めが利かなさそうで怖いんだ。これまでずっと押さえてきていたものが溢れてしまいそうで」
「え……?」
「ずっと、ずっと喜三太の事が好きだった。室町の頃からずっと好きだった。でも喜三太には風魔の事とかあって負担になるようなことが言えなくて、ずっと黙ってた。そんな対象として見られてないと思ってたから、『今』でも言えなかった」
「そんな、僕だって、ずっと金吾の事が好きで……だから金吾に今度こそは言おうと、思って頑張ろうとしたのに、変われてないって自覚して、自己嫌悪に陥ってあんなこと言ってしまったのに……」

お互いぽかんとした顔でお互いの顔を見つめる。数秒後、等々耐え切れなくなって、同じタイミングで僕も金吾も吹き出した。

「じゃあなに、僕達ずっとお互いに好きだったのに空回りしてたの」
「ああ、みたいだな」
「あー、もう、おっかし……」

ひとしきり笑った後笑いすぎてうっすらと滲んだ涙を拭いながら話した。

「あー、みんな心配かけちゃったなぁ。庄左ヱ門も伊助ももう来てるかもしれないしもどろっか、金吾」
「そうするか。さ、行こう、喜咲」

そういって金吾が僕に手を差し伸べる。その手を取ると、金吾のの方に引き寄せられて、耳元で囁やかれる。

「もう、逃がさない」
「望むところだよ、金吾。僕こそ逃がさないんだから」



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