「わ……、凄い。見て、円。桜が綺麗に咲いてるわ」

今日は円の誕生日、と言うことで、前々から予定を開けて朝から二人っきりで色々お店を回ったり、お茶をしたりしていたら、時間がたつのを忘れて、夜の闇が色濃くなるほどすっかり遅くなってしまった。
遅くなってしまったから、ということで、いつもは断っているのだけれどさすがに今回は断れなくて、円に家まで歩きながら送ってもらっている途中の事だった。
八分咲き、と桜の花が一番綺麗に咲き誇っている頃の桜並木の道に足を踏み入れた時、その光景に目を奪われた。
濃い闇の中に月明かりで柔らかに、幻想的に照らし出された桜はすごく綺麗で、私は思わず円に話しかけていた。
なのに、返ってきたのはおざなりな返事だった。

「ええ、そうですね。見事に咲いてると思います」

その返事に、少しムッとした私は文句を言おうとしてくるりと体を反転させて、円を見上げた。
十年前、あの課題で初めて出会った頃は私の方が身長が高かったのに、十年たった今では円の方がずっと高い。
もしかしたら今じゃ、あの課題メンバーの中では一番高いんじゃないだろうか。
あの頃の円は可愛かった。
そんなことを考えていたらいつの間にか懐かしさやあの頃の思い出で、頬が緩んでいたらしくて、円が怪訝そうに問いかけてきた。

「なにやってんですか。怒ってたかと思えばいきなり笑いだして。熱でもあるんですか?不気味です」

不気味、はさすがにひどいと思ったけど、それでもどことなく心配しているのが伝わってきて、私はさらに笑みを深めた。

「課題の事を思い出していたの」
「ああ、あれですか。で?それがどうかしたんですか?」

何故か円の声のトーンが一気に冷えた。

「ま、円?」

いきなりどうしたのか、と不安になって名前を呼んで見たけど、円は押し黙ったままじっと私の事をみつめてきた。
その間、微動だにしなかった円は少し経ってからようやくため息をつくような感じでの発言はあったけれど、動いた。

「もー、いいです。あなたがそういう人だっていうのはわかってますから」
「どういう事?」
「だからもーいいんですって。ほら、そろそろ帰らないと門限とかヤバいんじゃないんですか?」
「まだ大丈夫よ。それよりどういう事なの?」
「もーいい、って言ってるじゃないですか」
「円は良くても私は良くないわ」

お互いどっちも譲らないまま、しばらくの間無言で向かい合っていたけれど、数分の後に私が勝った。

「はぁ……わかりました、言います。その代わり、覚悟、しといてくださいね」

なにに覚悟するのかがよくわからなかったけど、とりあえず私は首を縦に振った。

「嫉妬、したんですよ。せっかくぼくと二人っきりだというのにあなたったら平気で他の男の事を思ってますし」
「他の男って……課題メンバーじゃない」
「そういう無自覚の所とかがぼくをイライラさせるって知ってます?」

そう言われると同時に私は円に腰をぐっと引き寄せられて、後頭部に手が添えられた、とわかった時にはもう唇を塞がれていた。
その行動が唐突過ぎて、ほんの数秒程はされるがままにされていたけれど、今いる場所が道のど真ん中だと気付いた瞬間、抵抗しようとしたが、円の私を引き寄せる力の方が強くて、逃げられなかった。
けれど、長くて深いキスが終わった頃には、むしろ円に支えてもらっている風に変わっていた。

「最初に、」

私を支えたまま、円はぽつりと溢すように呟いた。

「最初にあなたが桜が綺麗だ、と言いましたけど、ぼくにとっては桜なんかよりもあなたの方がよっぽど綺麗、なんです」

「――――っ」

反則、だと思う。
いつもはこんなこと言わないくせに、こんな時に限って言うだなんて。

「だから、あなたはずっとぼくの側から離してあげませんので」

なんだか子どものような物言いに少しだけ笑ってしまう。
でも、なぜだか愛しさが込み上げてきて、下ろしていた両腕を円の背に回した。

「私はどこにもいかないわ」

そして、一呼吸置いてから、そういえばまだ言っていなかった言葉を静かに言った。

「誕生日おめでとう、円。生まれてきてくれてありがとう」


【円 Happy Birthday!!】

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