「円、はい、これあげる」
「………………」
デートの最後、円に家の前まで送って貰って、別れる直前にいつ渡そうかずっと頃合を見計らっていたチョコをようやく鞄の中から取り出して、恋人の目の前に突き付けたら、円はなんともいえない顔で固まった。
「円?」
不審に思って名前を呼んでみると、ようやく一言こう言った。
「……明日は、」
「え?」
「明日は吹雪でしょうか」
この時、思わずチョコを投げ捨ててしまわなかった自分自身を私は褒めたかった。
「何その言い草。雨や雪じゃなくて吹雪とか酷いんじゃないの?いいのよ?円にチョコなんてあげなくても」
「ああ、それはすみませんでした。ありがとうございます」
いけしゃあしゃあとそう言うより早く、私の手からチョコを受け取った。受け取ったと言うよりは奪い取った、という方が正しいかもしれなかったけど。
受け取ったチョコをまじまじと見つめた円はポツリ、呟いた。
「もしかして……、あなたの手作り、ですか?」
訝しげに呟く声に少しムッとしながらも、事実を伝えた。
「そうだけど、それがどうかしたの?」
「いえ、なんでもないです」
なんでもない、という感じではなかったけど、とりあえず円が上機嫌そうなので、いいことにした。
多分、手作りということに喜んでいるのだろう。
「それじゃ、私、行くから。おやすみなさい。送ってくれて、ありがとう」
そう言って踵を返して家の中に入ろうとした瞬間、円の腕が私に伸びて、そのまま顎に手を掛けられ、円の方に顔を向かされたと同時に唇を円の唇で塞がれた。
長い、絡めとるようなキス。
最初は驚いて、途中から息が苦しくなってきて円の胸を叩いたけれども、円はそんなことは意に介さずにそのまま私から離れようとはしなかった。
「ん…………っ、は、」
ようやく円の顔が離れて、自由になった瞬間、すぐに私は深く息を吸った。
ようやく息が整って来たと同時に円をキッと睨みつけて、文句を言った。
「何するのよ、いきなり」
「何って、ちょっとしたお礼、ですけど?」
「はぁ、お礼?大体、人ん家の目の前で堂々とするって一体どういう事よ!」
そう、ここは私の家の目の前なのだ。家族にでも見られてたら、と思ったらキスをされた時に感じた時から積もっていた恥ずかしさが更に増した。
「いけませんか?」
「いけないに決まっているでしょう!?」
憤然と抗議をするものの、円は薄笑いを浮かべて、なんだか聞き流されている感じでだんだん馬鹿らしくなって来て、私は抗議するのを諦めた。
「もう、いいわ。今度こそ、おやすみなさい」
そう言って今度こそ家の中に入ろうとした時、今度は腰に円の腕が回って、私を引き寄せ、抱き締めてながら、私の耳元に小さな、本当に小さな声で囁いた。
「あなたからの手作りのチョコ、とても嬉しいです。なので一ヶ月後、覚悟、しててくださいね。さっきのあんな些細なお礼なんかではなく、じっくり、たっぷりと愛してあげますから。では、また」
そう言って、円は腰に回していた腕をさっと離して、すぐに私に背を向けて去って行った。
「なによ……。なんなのよ、もう……」
残された私は、片方の、円に囁かれた方の耳が異様に熱くなっているのを自覚しながら、何をされるか分からないけれども、一ヶ月後の今日を少しだけ楽しみにして、家の中に入っていった。