央と両親だけが大事だった。
央と両親だけがいればよかった。

なのに、あの人はそんなぼくの心にいつの間にか入り込んで来ていて、離れなくなった。
央と両親だけいればいい、というぼくの思いを覆した。
悔しい事に、あの人がいないと、もうぼくは生きてはいけない。

それほどまでに、────愛しい。

-*--*--*--*--*--*-

「円」
「なんです?」
「近くない?」
「近くなんかありませんよ。あなたの気のせいです」

スパッと言い返す円に撫子は軽い頭痛を覚えてこめかみを揉んだ。
ガッチリと腕の中に抱き込まれて、片方の耳が円の胸にピッタリと当たって、直接鼓動が聞こえてくるこの状況のなにをもって「近くない」と言うのだろう。

閉められた窓の向こうでは木枯らしが凄い勢いで吹いている。
冬至が過ぎてこれから段々日が暮れるのが遅くなるとはいえ、まだまだ寒さは全然衰えない。

近いわよ。と心の中で言い返しながら、撫子は今の体勢のままでは色々といけないと思って少し身を捩って円の腕の中から逃げようとする。
だけど、円の腕は撫子が少し身を捩ったくらいではびくともしなかった。

「なんで逃げようとするんです?」

若干不機嫌そうな円の声が撫子に問い掛けた。
まるで逃げようとする撫子が悪いみたいな感じだ。

「逃げないわけないじゃない。大体、なんでいきなり抱き締めるのよ」
「寒いからに決まっているでしょう」

そう言って、円の腕がさらに強く撫子を引き寄せた。
左腕で抱き締められたまま、右腕で足元をすくい上げられて、横抱きの姿勢になってほぼ全身が円の上に乗る。
さっきよりもさらに密着する姿勢だ。

「さ、寒いなら円が着て来たもこもこのファー付きの上着を着ればいいじゃない!」

大体、暖房はついているのだ。
なのにどうしてこんな恥ずかしい体勢にならなきゃいけないのだろう。
そう思ってきっ、と円を睨み付けてみるけれど、逆効果だった。

「睨み付けたって無駄ですよ。大体、あなたの怒っている顔、好きだって言ってるじゃないですか」

そう言って円は撫子の顎を持ち上げてキスの嵐を降らせる。

「ちょっと、円!!」

本気で恥ずかしくなって、なんとか逃げようとするも、円の腕からは逃げられなくて、顔をそらしてもすぐに追いかけてきて、またキスをされる。

額に、瞼に、目尻に、頬に、首筋に、キスの嵐を降らせるくせに、唇にだけはキスをしてこない。
まるで撫子を煽るかのようで、少しだけ焦れったくなる。

そんな撫子の様子に気付いたのか、キスをするのをやめて、意地悪そうに、でも楽しそうに口許を歪めながら機嫌が良さそうな声音で問い掛けてきた。

「なんですか、撫子さん。そんな顔して。ああ、もしかしてここにもしてほしいんですか?」

そう言いながら円は自分の指先を撫子の下唇にそっと当てた。

「そ、そんなことないわよ。円の気のせいに決まってるわ」

悔しくて、つい強気に返したけれども、少しくらい強く言っても円はまったく気にした様子はなかった。
むしろ逆に面白がるように目を細め、撫子の下唇に当てていた指先をそっと離して、顔を近付けてきた。

「まっ、円!!」

言外に「やめて」という意味を込めて名前を呼ぶものの、そんなことは気にした様子もなく、どんどん円の顔は近付いてくる。
しかも、ただ近付いてくるだけではなく、目が閉じていない。

今度こそ唇にされる────。

そう思って、恥ずかしさから思わず目をギュッと閉じてしまった撫子の唇は襲われるような感触は何もなくて撫子が不審に思い始めた頃、すぐ前から押し殺したような笑い声が聞こえてきた。
そろそろと少しずつ瞼を押し上げた撫子の眼前に最初に広がったのは、真っ白い髪、だった。

「ほ、んっと、最高ですね、あなたは」

まだ笑いを殺しきれずに多少震える声でそんなことをいいながら伏せていた顔を上げて、まっすぐ撫子を見つめる。
紫の瞳は綺麗で、吸い込まれそうだった。

そこまで思ってから、やっと撫子は自分がからかわれていた事に気が付いた。

「ちょっと、円!!」

顔の温度が一気に跳ね上がる。
恥ずかしくて、悔しい。

円はいつもそうだ。
私に触れたがるし、からかう。
でも、そんなことをするのは私だけだと知っているから、どこか心地よいと感じている自分もいる。

からかわれた事に対する恥ずかしさが未だ抜けずに、顔を真っ赤にしつつもそんなことを考えていた撫子の事をようやく笑いがおさまった円はジッと見つめた。

「ところで、撫子さん」
「……何よ」
「やっぱりキス、していいですか?」

円がそういうなり、円の手がいきなり撫子の後頭部と腰にまわり、グッと引き寄せて今度こそ、唇が重なりあった。

驚いた撫子はすぐさま逃れようとしたけれど、円の手から逃げられるわけもないので、諦めて抵抗するのをやめた。


長いのか短いのか判断しにくい時間が経った頃、円は静かに顔を離した。
そして、満足したように口許を緩く弧を描くように歪めてから言った。

「……っは、やっぱりあなたとのキスは世界一、ですね」
「あ、あのね、円────」
「もう一回、してもいいですか?」
「だ、ダメに決まってるでしょ!」
「じゃ、いーです。勝手にしますから」

何か言い返そうと口を開いたものの、円のもう一回発言に遮られた撫子はまたもや顔を真っ赤にさせつつ否定をしたけれど、それすら更に無視されて再び唇を塞がれた。

恥ずかしい、と思いながらも嬉しい、と感じている自分を自覚しながら、撫子はそのまま身を委ね、深く、長いキスに溺れた。

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