「あれ?」
「10代目、どうかしましたか?」
「あの子……」
 移動教室から戻る途中、それに気がついた。廊下の向こう、誰もいない教室を覗き込んでいる姿があった。例えランドセルを背負っていなくとも、彼が中学に通う年齢じゃないことはその小さな体を見れば解っただろう。
 ぴたりと立ち止まったオレにつられて立ち止まった獄寺くんと山本も、気がついたらしい。獄寺くんが何だあのガキと呟いた。今にも彼の首根っこを捕まえて窓から放り投げそうな低い声音だった。それにオレがビビっている間に、山本がいつものように明るく声をかける。
「ボーズ、うちのクラスに何か用か?」
 くるりと振り返った子の顔を見て、ドキッとした。黒のランドセルを背負っていなければ女の子と間違えていただろう、それほどの美少年だった。色素の薄い髪と、大きな瞳。服から伸びた白い手足が眩しい。でもそれだけじゃなくて……。この子、何だろう。何か、引っかかる。
「あの、笹川京子は、このクラスですよね?」
 凛とした声がなぞった名前にハッとする。京子ちゃん。そうだ、この子、京子ちゃんにそっくりなんだ!……あれ、でも京子ちゃんにそっくりな小学生が何でうちのクラスを覗き込んでるんだ?ていうか何でこの子、京子ちゃんにそっくりなの?
 混乱するオレに答えを教えてくれたのは
「あっ! お姉ちゃん!」
 オレたちの背後を見て、目を輝かせた少年が発した言葉だった。
「なまえ!? 一体どうしたのっ?」
 慌てた様子で、オレたちを追い越し、少年に駆け寄る京子ちゃん。
「カギ忘れちゃった」
 えへへ、と少年――いやなまえくんが笑う。その表情もやっぱり京子ちゃんにそっくりだった。
「もー。今持ってくるからちょっと待ってね」
「はーい」
 右手を高く上げ、元気良く返事をするなまえくんに京子ちゃんは仕方ないなあって顔をしながら教室に入っていった。
「笹川、弟もいたんだなー」
 山本の言葉に大きく頷く。勝手に、お兄さんと二人兄妹だと思っていたからびっくりだ。お姉ちゃんな京子ちゃんは、いつもよりちょっと大人っぽく見えた。やっぱり弟の前だとしっかりしなきゃって思うのかも。そんな京子ちゃんも可愛いなあ。
「――さわだつなって人、今日来てますか」
「へ?」
「お姉ちゃんと同じクラスですよね、さわだつなって」
 いつの間にか側に来ていたなまえくんに目を丸くしながら、自分を指差す。
「えと、オレ? だけど……?」
 さわだつなってオレだよな、オレしかいないよな。でも何でオレ?オレのこと知ってるの?まさか京子ちゃんが家でオレのこと話してくれてたり!?それって良い風に?悪い風に?ドキドキしながらなまえくんの顔を窺うが、生憎どちらなのか判断することは出来なかった。なまえくんは、驚愕の表情を浮かべて固まっていた。
 え、なに。
 オレ、何かした?
「――京子の弟?」
「きゃあっ、カワイイ! 京子そっくりじゃん!」
 尋ねる前に、オレはなまえくんの前からどかされてしまった。こういうときの女子のパワーは物凄い。
「こんにちは。笹川なまえといいます。いつも姉がお世話になってます」
 礼儀正しく頭を下げるなまえくんに女子たちが更に色めき立つ。カワイイカワイイと騒ぐ声を、落ち着いた声が遮った。
「学校に来るなんて何かあったの?」
「花さん」
 京子ちゃんが黒川の側にいるときのような微笑みを浮かべ、なまえくんは答える。
「今日、お母さんもお父さんも遅くなるんです。だから僕が一番早く家に帰るのに家の鍵を忘れちゃって」
「あらら、ドジだねぇ」
 呆れたように言う黒川だがその表情は柔らかい。子供嫌いの黒川も、流石に京子ちゃんの弟には優しいのか。いや、京子ちゃんの弟でなくともこんなに可愛い子になら優しくしたくなって当然だろう。
「あ、そうだ! 今日、テスト返ってきたんです。――ほら100点!」
 ランドセルを開き、なまえくんが一枚の用紙を取り出した。100の文字がよく見えるよう広げながら、続ける。
「この間、花さんが勉強教えてくれたおかげです! ありがとうございました!」
 ペコリと頭を下げるなまえくんに、この場にいる全員の目尻が下がったと思う。
「本当可愛いわね〜」
「この子を一人で帰らせたら危ないでしょ。拐われちゃうわよ」
 女子たちの言葉にうんうんと頷く。でも当のなまえくんだけは首を横に振る。
「大丈夫です! 怪しい人が近づいてきたらどうすればいいか、僕、知ってます!」
「ほんとかな〜」
「本当です! もう二年生だもん、大人です、それぐらいわかります!」
 必死になって言うものだから、顔が真っ赤だ。あまりの微笑ましさにクスクスと笑いが起きる。それになまえくんが顔を顰めたので、一人の女子が笑いを堪えながら口を開いた。
「じゃあ、知らない人が声をかけてきたとします。どうするのが正しいですか?」
 なまえくんの唇が、自信満々な様子で弧を描く。
「知らない人が声をかけてきたら……」
 言葉が切られるのと同時に、大きな瞳がオレを見上げた。何事かと思った瞬間、なまえくんはクッと表情を引き締め――

「極限に倒ーす!!!」

 拳を、オレの腹に叩き込んできた。

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