ゴミで出来た山、大人、言葉、食べるもの、水、寝る場所、それから、それから……。
生きる為に必要なものは数えてみると案外少なくて済むんだなあ、と驚いてみせると大人は、そんなことはない。もっともっと沢山あるのだと諭して私に言った。でも、数えられるのはこれだけよと言い返せば、それなら仕方ない、宿題にしようと大人は頷いて、それからゆっくり立ち上がった。
シュクダイが出された日は、何かに束縛されているみたな気分になる。頭の隅っこを占領されて、それで、別のことを考えていても、ふと思い出して悩まされるのが鬱陶しい。
大人は宿題を出すのが好きだ。「考えるのも、考えさせるのも好きなんだろうね」クロロがいつか話したとおり、きっと大人は頭を動かすことがとても楽しいことなのだと勘違いしていて、だからこそ私達にも楽しいだろうと途方もない善意で押し付けてくるのだ。

「トホーもないゼンイ?難しい言葉は分からないわ、私」

パクノダが枕にポス、と顔をうずめて言う姿は、いつも通り愛らしい。綺麗な金の髪も、スラリと高い鼻も長いまつげも、彼女の無自覚で扱われているという事実が何故か私を興奮させた。ああ、彼女はきっとどこかの国のお姫様で、美しいあまりに命を狙われてしまうの。だから、パクノダのお母様とお父様は、絶対に見つからないようゴミ箱の中に隠したんだわ。
彼女は、輝きを失わない流れ星。
私はもう二度と光ることのできない流れ星。
ねえ、パクノダ。彼女を呼べば簡単に振り向いてくれる、なんて優しいお姫様。彼女が生きる為に必要なモノは一体何なのだろう。フカフカのベッド、たくさんの従者、お父さんとお母さん、頭の上のティアラ、必要なものがいっぱいあるのね。「なあに、どうしたの」彼女の瞳に私が映って、それだけでもう胸がいっぱいだ。ううん、何でもない、もう眠ってしまおう。
 太陽がジリジリと肌を焦がす。夏は鬱陶しいけれど、嫌いではなかった。夏が終わった頃の、こんがりと日に焼けた肌のパクノダ、彼女の金髪とあの小麦の肌はよく似合う。白い服を着てくれたなら尚更、と想像したけれど、防護服だけは勘弁だ。大人ってとっても不思議、あんなモノを纏って、一体何から身を守っているというのだろう。
 この間クロロが、大人からお下がりの防護服をもらっているのを見かけたことがある。クロロったら防護服なんてどうするのかしら、と眺めていると、パチリ、目があって、クロロは私に微笑んでから控えめに手を振った。彼は大人に気に入られている子供の1人で、だから私達とは違う施設に住んでいる。真っ黒な髪に真っ黒な瞳、美しくあるけれど、不吉を知らせるカラスのようで、私はあまり好きではなかった。
汗ばんだクロロの肌は、連日続いた強い日照りを受けて既に色がつき始めている。このままずうっと焦げ続けてしまったら、髪も瞳も身体も全部真っ黒になって、そのまま影の住人がクロロを攫ってしまうんだわ、なんて。彼は軍手をした右手で、私のおでこを撫でた。

「フフ、汗だく」
「クロロもね。ねェ、防護服なんてどうするの?」
「ん、ちょっとね」

クロロがちょっとを使うときは、あんまり人に言いたくないとき。だから私も別に、ふうん、とだけ返事をした。
日差しがより一層強くなる。世界が揺れている。陽炎って言うんだってさ、とクロロが汗でびっしょりになった顔を腕で拭いながら呟いた。「全然影なんてないのに、カゲロウなんて変な名前だね」私がそう言うと彼は少しだけキョトンとした目で私を見て、それ面白いね、と笑った。
クロロとこうして2人だけで歩くのは、もしかしたらこれが初めてかもしれない。私はいつもパクノダといたし、その隣には時々マチがいた。それから更に時々、クロロがいた。私にとってそれだけの存在でしかなかった彼と、こうして2人きりで汗だくになって歩いているのが不思議でたまらなかった。

「パクが」
「え?」
「いや。パクノダがいない時のキミって、元気ないんだね」
「そんなの、……」

当然でしょ、と言いかけて唇をとじた。クロロは何も言わなかった。
暑さが一層増している気がした。これだけ暑いと、今日だけで何人かはやられてしまうだろう。センセイにまだ宿題を提出していないから、死なれたら困ってしまうな。
センセイが言っていた。ニンゲンは死んだら、空に登るため煙となる。流星街から煙が立たない日が無いのは毎日、誰かが空へ帰りたいと登っているから。流れ星の私達が、空へ戻る唯一の方法だから。
遠くで誰かの笑い声が聞こえた。透き通ってよく響く、私の大好きなまるい宝石のような声…ああ、パクノダが笑ってる。でも、彼女を笑わせているのは一体誰なの。
顔も見えない相手に、自分でも怖いくらいの憎しみが込みあがる。どうして、彼女を笑わせているのが私じゃないの。どうして、私の隣にいるのはパクノダじゃないの。…
下を向けば、かおからポタポタと汗が足元へ滴り落ちた。本当は気付いている。私じゃパクノダを笑顔にすることなんて出来ない。だって大好きなお姫様がそばに置きたいのは、私じゃないんだから。そんなこと知らない振りして、彼女の優しさにおぼれて、離れられなくなってしまったんだ。私が傍に居たいといえば、いやな顔なんて一つもせずに傍に、居させてくれていたから。

「パクノダがいなくなったらどうする」

クロロは言った。感情を一切孕まない声だった。
私は驚いて彼を見たが、彼は私を見てはいなかった。パクノダと、それから彼女を笑わせている女の子に向いていた。
言葉の意味を考える時間は十分にあった。パクノダが死んだら、彼女が空へ還ったら、ああ、きっと一等輝く星になるんだろうな。そうしたら私は、彼女のそばでその光を眺める六等星になれたら素敵だわ。クロロは、パクノダ達をじっと見つめて、それから私を瞳にいれた。よく知っているクロロのようで、それでいて全く知らない誰かの顔に思えた。答えがお気に召さなかったの、と聞けば、彼は、知らない誰かの顔のままで口角を緩やかに上げた。唇が動く。

「キミは完璧だね。ここで生きる住人として」


 陽炎。彼の夢を見たのは、パクノダがこの街を出て行く前にも後にも初めてだった。パクノダを攫ってしまった黒い流れ星。ねえクロロ、あなたが私達を流星街の住人と呼ぶのなら、ココで生きていたあなた達は一体なんだと言うの。
さようなら私のお姫様。
ゴミで出来た山も、大人も、そして私も。彼女には必要ないものだったけれど、代わりに、私には―光を失った私達には到底思いつかないようなモノが彼女には必要だったのだろう。ここには無いものを求めていたのだろう。
だって美しいお姫様には、必要なものがたくさんあるんだもの。ねえ。

good-bye princes


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