※グロテスクな描写があります。途中で気分を害された方は閲覧をお控えください。

 美しいひとの中身もやはり、美しいのだろうか。わたしは答えを知っている。ひとの内臓は等しく血にまみれ、テラテラと滑り、違うことなくグロテスクであると。もっと言えば、ひとも猫も犬もみな、内臓に関してはグロテスクという点において平等である。この世で唯一の平等なのである。
 そう語る女がいた。そう語る女は、そう語りながら男の裸死体を解体していた。男の顔はうつくしく、血の気の失せた気味の悪い白さがまた、そのうつくしさをかえって際立たせているようだった。女はまず、男の両腕を切り落とした。勢いよく、何度も何度も、骨を砕くのには力が必要だったのだ。足も要らぬと同様にそうした。足のほうは、腕よりも重労働だった。女はやはり勢いよく、何度も何度も、包丁を振り落とした。刃物の切っ先はギザギザと歪んでいる。女は構わず、振り落とし続けた。……

「私も強化系だったら、もっと楽に解体出来てたんだろうなあ」
 女の言葉にノブナガが笑った。「無理して続けるこたァねェだろ」口のまわりには僅かにビールの泡がついていた。女はそれをチラリとだけ視界に入れ、すぐに目を離した。
「分かってないなあ。無理してでも続けたいのが趣味なんだよ。趣味ってね、無理をしちゃうものなの……」
 女は先日解体した男のことを思い出して、ゾクリとしたようだった。そんなもんか、とノブナガが缶を口につけたまま返事をする。
「ノブナガにだって趣味ぐらいあるでしょ」
「酒のことか?」
「まあ、それでも良いんじゃない」
 女は頷いた。
「ノブナガだって、二日酔いでも飲むでしょ。無理して飲んでるってことじゃないの」
「おー、なるほどなァ。ちょっと分かった気がするぜ」
 と愉しそうに言いながら、彼はまた酒を飲んだ。どうせわかってないのだろうと女は考えながらも、どうでも良さそうにノブナガから視線を逸らし「何の話だ?」発泡酒を片手にやってきたクロロへ目を向けた。「趣味の話だよ。オレは酒、こいつァ解体だ」へぇ、そうか、とクロロは微笑んだ。それから女を見つめた。
「それでお前、次はいつ菓子が欲しいんだ」
 クロロの言葉に女は目を細め「明後日にでも」と言って嬉しそうに微笑んだ。クロロは頷いて、そこでようやくノブナガの隣に座り込んだ。ノブナガが口から缶を離す。
「菓子?ああ、そういやァもうすぐハロウィンだったか」
「まあね」
「オレは菓子よりも酒が良いなァ」
「へえ」
 女の適当すぎる相づちも、ノブナガは気に留めていないようだった。変わらず愉しそうに酒を飲む。「ねえ、それよりコルトピは?」聞きながらも女の目は既に、コルトピの姿を探して辺りをキョロキョロしている。「あ」シャルナークの隣に座っている彼を見つけ「コルトピ」そう名前を呼ぶ。女は上機嫌に手を振り、一緒に飲もうよォ、とほとんど飲んでいなかったビールの缶を掲げた。シャルナークが片眉を寄せる。
「今オレと飲んでるんだけどー」
「じゃあ私がそっち行くから」
 開封済みのピーナッツとチョコレート、それからビールを持ち、女は嬉々としてコルトピの傍に向かった。取り残されたノブナガがクロロの顔を見る。「アイツら、あんなに仲良かったっけ?」ノブナガの言葉にクロロが答える。
「どうだったかな」と、素っ気なく。……

 女はうつくしい男の裸死体の頬を撫で、胸板を撫で、臍を撫で、指を絡め、それから太ももを撫でたが、ペニスに触れることはなかった。何よりペニスはすでに切り離され、ゴミ箱のなかに捨てられていた。触れるペニスなどとうになかったのである。
 うつくしく血の気の失せた張りのない肌の全てを女はもう一度撫でた。それから、腹の辺りに包丁を突き立てる。プチ。プチュ……チュ……包丁が鍛えあげられた腹のなかへ沈んでいくにつれ気味の悪い水音がこぼれ出すと、女は興奮した風に微笑んだ。
 腕を切り、足を切り、腹を切り、内臓を引き出そうとも、女は裸死体の男の、そのうつくしい顔には傷ひとつつけることはなかった。髪の一本、額の十字架にさえ触れることはなかった。女はあくまで、男の首からしたに刃を向けるのだった。
 解体をしない日、女は他の趣味に時間を費やした。パンを焼く。ショッピングをする。本を読む。女の趣味は平凡だった。美味しいものを食べる。カラオケに行く。近所の猫にエサをやる。女の趣味は、解体以外、平凡だった。だからこそ、女はときどき考える。いつから、趣味のひとつになっていたのだろうと。
 あの男を見たときからだろうか。
 女は、幾度となく解体したあの男のことを思い出して、身をゾクリと捩らせた。本能からか猫が逃げてゆくのを、女は少し残念がりながら見送った。猫が残したソーセージの残骸を見つめる。かぼちゃのイラストが描かれた包みは土に汚れ、ソーセージはテラテラと鈍い光沢を放っていた。
 女は家へ帰ろうとして、ふと立ち止まり、振り返った。男がいた。女は「いたんだ」とだけ言って、男を見た。
「トリックオアトリート」
「は?」
 怪訝そうな声を出す女に、クロロはクツクツとおかしそうに笑った。
「ハロウィンだろう。街が随分騒がしかった」
「へえ。じゃあ私、お菓子あげなきゃイタズラされるわけ?」
「ああ。そうなるか」
「お菓子なんて持ってないよ。ソーセージならあげる」
 女は差し出して、クロロはそれを受け取った。
 彼は女のうしろに着いていった。女も何も言わず、クロロを見ることもなく、黙って歩いた。家の鍵を開けなかへと入るときにようやく女は男を見た。「入るの?」入るよとクロロは言った。女は黙って頷いた。
 女の部屋は整っていた。と言うよりも、質素だった。最低限の物が置いてあるばかりと、それから、白色のテーブルクロスの上に、男の裸死体があった。その一点だけが異様だった。
「お前の趣味はイマイチ理解出来ないな。食べるわけでもない肉を捌いて何になる?」
「本を読んで何になる?」
「ああ、なるほど」
 彼は満足そうに笑ってから、近くのソファーに腰をおろした。テーブルに横たわる、己と同じ顔の男の死体を目にうつして。

 コルトピの念能力は素晴らしいと女は思う。24時間で全てが消えてしまうわけだから、部屋に飛び散った血を拭き取らなくても良いし、解体を終え腐ってゆくだけの邪魔なゴミの捨て場所にも困らない。ほんとうに素晴らしい能力だ、と女は幾度となくそう思う。何より、何度も何度も、クロロを捌ける、そのことが。
 女は多分、彼女が美しいと感じたひとを多く解体してきた。多分というのは実は彼女自身があまり覚えていないからだ。まだ、その頃は趣味と呼べるものではなかったのだろうと女は思う。今ほど多くはしていなかった、はずだから。やはり、多分。美しいと思う。そして、中身を暴くと、興が逸れてしまうのだ。ああ、良かった、どれだけ美しいひとでも結局はわたしと同じグロテスクなのだと、女は安心するために美しいひとの腹を捌くのだ。そして、そのことを女自身、しっかりと理解していた。しているつもりだった。しかしこの男に出会ってから、実はそれもよく分からなくなってきた。
「オレばかりを解体していても面白くないんじゃないか」
 クロロは頬に飛んできた血などお構い無しのようだった。「首から上は、もう関係ないの」女が言う。「関係ないのよ」
 女は、いつからだっただろう、と時々思う。美しいひとであることが重要だったはずなのに。最近は、美しいひとをみても、もう……。
 ああ、そうか……。
 私は彼に……。
 彼の解体そのものに、興奮しているんだわ……。
 クロロの顔など、髪など、どうでも良い。ただ、彼の身体であれば良いのだ。彼の身体でなくては、ダメになってしまったのだ。いつの間にか。
 女は微笑んだ。頬を紅潮させ、クロロを見つめた。いや、見つめたのは、死体のほうだったかもしれない。女は微笑んだ。頬にべったりと血をつけ、それなのに、どこまでも艶かしい笑みで。
 真っ赤な唇がうごく。男に問いかける。
「あなたは美しいけれど、中身は私とおんなじで出来ているって、知ってる?」
 刃を振り落とす。

魔物の臓


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