※グロテスク・若干の性的描写があります。途中で気分を害された方は閲覧をお控えください。

「あ、ついたついた。やってみりゃ出来るもんだね」

 古ぼけたスクリーンに、シミの様な影がうごめきはじめる。天井からは曇った声がノイズと共に響いている。「何これえ」E8の席に腰掛ける女がだらしなくそう言った。スクリーンには、目を見開いた女の裸死体と、それを取り囲む3人の男の姿がある。2人の男は医療用のメスを持ち、もう1人はズボンのベルトを外し下半身をさらけ出すと、醜く勃起した自身のペニスの付け根を握った。
「え、キモ」
 ナマエが顔を歪める。スクリーンのなかの2人の男は女の脇腹にメスを当て、直線に切り込みを入れ始めた。
「マジモンのスプラッターじゃん」
 投影室の割れた窓ガラスから身を乗り出したシャルナークが、G18からG23の席にかけて無造作に置かれたビールやらシャンパンやらワインやら、メロンパンやピザパンやらチョコレートやらスルメやらのぎっしり詰まったビニール袋のなかから、発泡酒を手に取りF23に腰を下ろした。靴の裏についたガラスの破片が床と擦れ、じゃり、と音を立てる。
「へえ、ここ、そーゆう?映画館なわけ?」
「そーゆう、映画館みたいだね。だからケーサツのご厄介にでもなったんでしょ」
「ふうん」
「他のフィルムは全部押収されたんじゃない?投影機のなかに取り残されたこのフィルムだけしか、残ってないみたいだよ」
「ふうん」
「興味ないなら止めようか」
「フェイタンが好きなんじゃない?」
「ああ、かもね」
 シャルナークが後ろを向き、伸ばした指の先に触れたメロンパンを引き寄せた。「チョコチップか、甘〜」「あ、それ私が食べるつもりだったんだけどお」前方で右腕を掲げるナマエへシャルナークがメロンパンを投げた。スクリーンのなかの女の腹は、表面の皮膚と筋肉が正方形状に切り取られ、血に濡れた内臓が蛍光灯の明かりを浴びテカテカと光っている。ぺニスを握っていた男が興奮気味に女の上へ跨がり、胃と大腸の隙間に自身のペニスを滑らせ腰を前後に揺らしはじめた。気味の悪い水音が天井から響き出す。
「げえ。なにあれえ」
 メロンパンの袋を開けながらナマエが顔を歪める。
「館長の趣味悪!」
「案外気持ち良かったりして」
「良くてもオレは絶対にゴメンだね」
「ふうん」          
 ナマエは投げやりに返事をしてから、短く「あ」と声を上げ後方へ顔を向けた。つられてシャルナークが同じ方向に目をやる。
「なに観てるか」
 劇場へと戻ってきたフェイタンはスクリーンを一瞥し、開口一番にそう言った。どこ行ってたんだよ、というシャルナークの問いに鼻を鳴らすのみで答える様子はなく、元より答えを期待していなかったらしいシャルナークも、返事を待つことなくピザパンの袋を開けた。
「おかえりい。一緒にみる?」
 ナマエが口の端についたパンの粕を舌で舐めとりながら言った。スクリーンのなかでは、女の腹から内臓がはみ出すのも構わず、跨がった男が腰を激しく振っている姿がある。メスを持った2人の男が黙ってその光景を見つめている。「ああ……」スクリーンから目を離したフェイタンが、つまらなさそうにE16の席に座った。ちょうどそのとき、男が女の腹のなかに精子をぶちまけた。
「趣味じゃないね」
「え、そうなの?ふうん、良かったあ」
「何が良かたか」
「こーゆーのがフェイタンの趣味ならちょっとドン引きってゆーかあ」
「フン、引くなら勝手に引けば良いよ。ワタシには関係ないね」
「フェイも趣味じゃないなら止めるぜ。オレこんなの観ながら飯食べたくないし」
「止めろ止めろ〜」
 ピザパンを片手に投影室へと向かうシャルナークの背中にナマエが声を掛ける。割れた窓ガラスに手をついて、シャルナークが投影室に侵入する。スイッチを切る。ヴヴヴン、と音が鳴り、スクリーンに写し出されていたものはプツリと消え、スピーカーは僅かなノイズの余韻を残した後、今の今まで稼働していたなんて信じられない程の静寂を響かせた。
「あ痛」
 投影室から客席へと戻ってきたシャルナークが、自身の左手の人差し指を見つめながら声を漏らした。「なによお?」最後のメロンパンの一欠片を飲み込み終えたナマエが口の端を指で拭いながら尋ねる。
「ガラスで切っちゃったや」
 ふうん、お大事にねとスクリーンを見つめたままナマエは言った。

 1人の富豪が個人で運営している小さなオークション会場から古代エジプターナの16代目ルヴィジュ妃の首飾りを強奪するという今回の仕事を提案したのはナマエだった。仕事とは名ばかりで彼女の趣味でしかなかったのだが、どうせ暇なら少し遠出でもしようよ、と本拠地で暇そうにしていたシャルナークとフェイタンも誘ったのである。個人規模のオークションの襲撃など想像以上に呆気なく終わってしまった上、欲しいものなど特別無かったシャルナークとフェイタンからすれば本当に只の遠出以外の何物でもなかったが、暇を潰すには丁度良かったのだろう、面倒くさそうな顔を見せることはなかったし、只の遠出であったからこそ、廃れた映画館で一晩を過ごした後、そそくさと本拠地へ帰って行った。
「私もーちょっと居ようかなあ。せっかくだしい」
「へえ、何にもないのに?」
「いーじゃん、別に。まあまあ気に入ったの」
「好きにすればいいね。ワタシ達は帰るよ」
「うん。満喫したら私も帰る」
 そうは言ったものの、なんとなく口から飛び出しただけで、実際、この街を気に入ったわけではなかったし、したいことがあるわけでも無かった。少なくとも自分ではそう思っていたし、どうして留まろうかと考えたのかさえサッパリだった。朝食は何処にでもあるような喫茶店で済ませ、噴水広場でサーカスを見たりだとか、CDショップで音楽を試聴したりだとかで昼を過ごした後、夜は存外居心地の悪くないあの映画館で眠った。それから時々、何も写っていないスクリーンをじっと見つめて、内臓にぺニスを突っ込み快楽のまま腰を振る男の姿を思い浮かべた。シャルナークと同じように割れた窓ガラスから投影室に入り、投影機を撫でスイッチを押したりもしたが、何も写さないスクリーンにやや苛立ちもした。
 映画館で五度目の夜を迎えた日、仕方なくナマエは投影機の前にうずくまりながら電話を耳に当てた。投影機についた炭のような汚れを軽くなぞり、指についたその黒い汚れを床に落ちている破れたカーテンの端に擦り付けていると、ようやく電話は繋がった。騒がしい向こう側の気配にナマエの声も思わず大きくなる。
「あ、ねえ、シャル?投影機なんだけどさあ」
「シャルナークじゃないね」
「あれえ。なんでフェイタンなの」
「シャルは酔ぱらたノブナガとケンカしてるよ」
「なにそれ。あとで写メ送ってよ」
「気が向いたら送てやるね。で、何かシャルに用事あるか」
「映画館のさあ。投影機のつけ方をさ?聞きたかったんだけど」
「……フ、お前、あの趣味の悪い映画見るつもりか。とんだ変態ね」
「バーカ、もーいー。別にそこまで見たいわけじゃないし。暇潰しにと思っただけだもん」
「暇なら帰てくれば良いね。ワタシ3日後、マチの仕事手伝うことになたよ。お前もそうすれば良いね」
「あっ、そうなの?ふうん。じゃあ帰ろっかなあ」
 ナマエは電話を切ると、しばらく投影室の割れた窓ガラスの向こうにあるスクリーンを眺めた。ふと彼女の耳に内臓とぺニスの激しくぶつかる音がスピーカーを通して聞こえてくる。ノイズが混じり音は若干割れているが、男の興奮した荒い鼻息は何故か鮮明に届いてくる。内臓は女の腹からはみ出し、メスを握った2人の男の足元に落ちてゆく。絶頂に達した男は女のなかに精子をぶちまける。快楽の余韻に浸った男は女の乾いた眼球に唇を落とす。2人の男は、いつまでも、男の様子をじっと見つめている…………
「ほら、さっさと勃たせてよお」
 ズボンと下着を剥ぎ取られた男が、震える手で自身のぺニスに触れ、力無く上下に動かす。恐怖に見開いた瞳は目の前の、腹を捌かれ内臓が丸見えとなった女の死体を映し充血している。女の太ももは男の嘔吐物で汚れ酷い臭いを発していたが、死体の女もぺニスをしごく男も、それを見つめるナマエも、臭いの問題など気にも留めない様子である。
「自分の彼女の裸なのに興奮しないの?ふうん、じゃあ仕方ないからさあ、もうそのまま内臓んとこ突っ込んでくれない?」
「つ、つ、つつ突っ込む、む、って、あ、そ、その、な、ななな何を、で、あ」
「は?ぺニスに決まってんじゃん」
 ナマエは男の肩を爪先で優しく押した。ヒールの裏についていた投影室の割れた窓ガラスの破片が男の皮膚に小さな擦り傷をつける。
「はやくして」
 古ぼけたスクリーンに、シミの様な影がうごめきはじめる。天井からは曇った声がノイズと共に響いている。内臓とぺニスがぶつかる音がする。

 結局マチの仕事には間に合わなかったな、とナマエは思ったが、それほど残念がる訳でもなかった。本拠地で暇をもて余しているメンバーは全員マチと出掛けたことだろうし、ゆっくり1人で過ごすのも悪くないと思ったからだった。
 帰路の途中、飛行船のなかや電車のなかで、ナマエは何度か自身のお腹を撫でた。そして、誰とも知らない男のぺニスがこの腹のなかの内臓を無遠慮にぐちゅぐちゅと犯す様を想像して、性行為とはまた違った類いの疼きを感じながら唇を舐めたりもした。腹を捌いて殺した女の死体や、あの男の萎えたぺニスのことなど、もう彼女の頭からは捨て去られたゴミも同然の過去となっていた。
 本拠地には予想外にもフェイタンが残っていたが、それ以外のメンバーは想定通り、マチの仕事についていった様子であった。「ただいまあ」ナマエは頭のなかに、内臓と、ぺニスと、それから、メスを握った2人の男を思い浮かべた。大腸はこの辺りにあるのかしら、なんて確認するような丁寧さでまた腹をそっと撫でた。
 広間のソファーで寛いでいたフェイタンがテレビから目を離し、ナマエの姿を視界に入れる。テレビのなかには生きたまま腸を引きずり出されている誰かの姿がある。「ああ、お前か」ナマエは自身の臍の辺りを撫でながら、思わずそのテレビのなかの誰かを食い入るように見つめる。フェイタンの唇が動く。

「おかえり」

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