−05:知らないはずのきみがいる

 ボクの後ろをチョロネコが歩いて、その後ろをゾロアが歩いて、さらにその後ろをダルマッカが踊りながら着いてくる。ボク達の足音とマメパトの鳴き声、木の葉を揺らす風の音が心地よいこの世界でニンゲンはボク1人。最初こそ何故だろうとばかり考えていたけれど、身体や能力の違いを気にする必要なんてないと、今は十分心得ている。姿形はみんな違う。違うけれど、大切なトモダチに変わりはないのだから。
 チョロネコが空中を指しぴょん、と跳ねた。
「見てエヌ、知らない奴がいる!」
「わあ。はじめまして。キミは誰?」
「ユニランってニンゲンは呼んでる!」
「こんにちはユニラン、ボクはN。良かったらトモダチになろう」
「いいよ。トモダチなってあげる!」
 ボクの後ろをチョロネコが歩いて、その後ろをゾロアが歩いて、さらにその後ろをダルマッカが踊りながら着いてくる頭上を、ユニランがフワフワと浮いている。
 ここがどこなのかは知らない。気がついたらボクはここに存在して、となりにはみんながいて、この世界から出たことがなくて、けれど出たいとも思わなくて。
 少し前までボクの世界にはトモダチしかいなかったはずなのに、やはり"気がついたら"ボクの隣にはボクと同じニンゲンの姿をした誰かがいた。自信に満ちた青色の瞳はトモダチにも引けを取らないほど輝き、ボクのものとは正反対。勇敢で強くて、チョロネコは彼女のことを姐さんと呼んで慕っているけど……ボクは正直、少し苦手だ。
「ネエさん!」
 仁王立ちで池を覗き込んでいたトウコにチョロネコが勢いよく近づき、勢い余って彼女を通り越しそのまま池に落ちてしまったところをトウコが大慌てで救出する。それを見てダルマッカが面白そうに笑っている。
「助かったあ! ネエさんありがとう!」
「寒い? タオル持ってないからどうしようかなあ…」
「ネエさんやっぱりカッコいい! ボクもいつかネエさんみたいになれるかな?」
「今日は暖かいからそんなに寒くないと思うんだけど、やっぱ池に落ちたら寒いのかな」
 トウコと出会って、ニンゲンはトモダチ達の言葉が解らないことを知った。それは実に悲しいことで、それでもチョロネコは飽きもせずにトウコに話し掛ける。トウコはチョロネコが自分のことをネエさんと呼んでいることさえ知らないのだろう。
「遊びに来たんだ」
「まあね」
「姐さん!身体かわいたよ!」
「遊んでほしいの? かくれんぼなら負けない自信があるから!」
 チョロネコが嬉しそうに隠れる場所を探し始めるのを確認するとトウコは50秒をゆっくりと数え始めた。トウコが教えてくれるゲームはどれも面白く、トモダチ達も好きだと言っている。特に人気なのは鬼ごっこという遊び。ダルマッカがオニになると何時までも終わらなくなるのが難点だけれど……。
「トウコ、外の世界は楽しい?」
 トウコの目が輝いているのは外の世界が輝いているからなのかもしれない。トウコが教えてくれる遊び以外にも、きっと楽しいことで溢れているのだろう──ボクの中にほんの少し芽生えつつある「外の世界に行ってみたい」という感情は少しずつ大きくなっている。
 それでもキミは、時々ボクに向けるその目で。
「……Nは、まだ来ちゃダメだよ」
 切なそうな目で、ボクを見てくるから。
「だってNは何も知らないから」
 だからボクは、キミが苦手だ。

−04:世界のはしっこで小さなぬくもりを

 晴れた日には、ゴロリと寝っ転がりながらトモダチと青い空を見上げるのが好きだ。一体この空はどこまで続いているんだろうって、もしかしてネエさんなら知っているんじゃないだろうかだなんて、チョロネコが気持ち良さそうに欠伸をしながら呟いたのを聞いて、僕は露骨に嫌な顔をしてしまう。どうしてこんな時まで彼女の話題を出すをだろうって。
「エヌ。エヌはどうしてネエさんが嫌いなの?」
「嫌いじゃないんだ。ただ、ちょっと苦手なだけだよ」
「なんで? なんで?」
 寝ているダルマッカ達に遠慮し小さな声でチョロネコの疑問に答えようとはするものの、自分でもどうして彼女が苦手なのか解らなくて言葉に詰まる。ただ、初めてあった時から苦手だと、そう感じた根拠は解らないが。本当に、ただ苦手だと思ったのだ、心が。心が、彼女の瞳を否定したのだ。
「ふうん。わっかんないや」
「そうだね」
 雲一つのない空に、時々トモダチと同じような存在が―トウコはポケモンと呼んでいた記憶がある―過ぎていくのをぼんやりと眺めながら、隣で眠るいくつかの命の暖かさを感じてまぶたを閉じた。ああ、なんて幸せな世界だろうか。ずっと、こんな幸福が続けばいいのにって。
「ねぇ、君たちも思うだろう」
 わずか一粒だけ流れ落ちた涙が何を意味しているのか、理解出来なかった。


「レ……ムとゼク……2匹がそ……れ異な……英……選んだ…」
「人……心……たないバケモ……が……」
 見たこともないニンゲンが、僕に向かって何か言っている。ボロボロの建物の中には僕を含めた数人しかいなくて、やはり見たこともないようなニンゲンばかりだった。自分の掌中には丸い、赤色と白色で作られたボールが握られていて、隣には白色の、大きなポケモンがこちらをジッと見つめていた。何か言いたそうなのに、何か言っているはずなのに声は聞こえない。聞かせて、そう近づこうとするけれど身体はまるで金縛りにあったように動かない。
 諦めて視線を動かす。ああ、まぶたが重くて、気を抜いたらそのまま閉じてしまいそうだ。向こう側に誰かいる。黒色の、大きなポケモンの隣に。知らないはずのキミが──
 知っているはずの、キミがいる。
「N、帰ろう。迎えに来たの」


「エヌー! おきろーあそぼー!!」
 目をひらいてすぐそこにあったのは青い空とチョロネコの顔だった。
 昼寝を済ませ元気になったのか、ぴょんぴょんと跳ねながら遊びたそうにウズウズしているチョロネコに「ちょっと待って」と起き上がる。重たい身体をゆっくりと起こせば、待ってましたといわんばかりにチョロネコがズボンを引っ張り「早く」とせかすものだから、勢いよく前へ転んでしまった。
「った……」
「あっ!? ごめんねエヌ……」
「大丈夫だよ、さあ、行こうか」
 ダルマッカが踊りながら歩いている。ゾロアが僕の肩にやってきて、嬉しそうな顔をした。チョロネコは鼻歌を歌いながら、僕の足元を歩き出す。ああ、なんて静かな毎日なのだろうか。先ほど見た夢は、やはり夢なのだと安堵して足を動かす。
 ふと、僕を呼ぶ誰かの声が聞こえた気がした。
「N、帰ろう。迎えに来たの」
 耳元で聞こえた声に僕は知らないふりをして、ただひとつだけ願ったのだ。
 お願い、僕の幸せを壊さないで。

−03:青色の夢にいたきみの言葉と瞳

「エヌったら早くー! きっともうネエさんは待ってるよ」
 チョロネコはそう騒ぎながら、ピョンピョンと地面を蹴り上げた。ボクは知らない約束だけど、チョロネコはどうも今日トウコと遊ぶ約束をしていたらしい。いつも彼女が寝転がっている池のほとりで集合だとチョロネコは嬉しそうに話していたが、ゾロアやダルマッカすらその約束を知らないのだ。「夢じゃないの?」と聞くと「夢じゃないもん!」と怒ったように返事が返ってくる。みんなで肩をすくめながらも「ネエさんへのプレゼント」としてモモンの実とオボンの実を取りながら池を目指すチョロネコの後ろを着いていく。
「ネエさーん! お待たせ……」
 元気よく駆けていたチョロネコは、誰もいない池のほとりを見回して口を閉ざした。ああ、ほらきっと夢だったんだよ。
 しゃがみ込んでチョロネコの顔を覗き込むと、先ほどまで輝いていた瞳は悲しそうに潤んでいた。トウコに会えることを楽しみだと話していたチョロネコの様子を思い出すと、ボクの気持ちもだんだん沈んでいく。ダルマッカは後ろでキョロキョロと視線を動かしている。
「ネエさーん! は、どこにいるの? どこにいるの?」
「……………いないよ。エヌの言うとおりボクの夢だったんだ」
 耳を垂らしてうなだれるチョロネコの背中を叩こうとした時、「夢ってなにが?」というニンゲンの声が茂みから聞こえ、ボクたちは一斉に後ろを振り返った。キャップの帽子にノースリーズの上着、短いジーンズの下にブーツを履いて大きな鞄を肩に提げて現れたのはチョロネコが夢にまでみたトウコだ。いや、トウコがここに来ているということはチョロネコは本当に約束をしていたのだろう。「よっこらせ」とトウコはボクの隣に腰を下ろすと、帽子の鍔を少しだけ上げた。
「久々に昼寝しに来たらNたちがいるんだもん。驚いたよ〜」
「……? チョロネコと約束をしていてここにきたんじゃないの?」
「約束? え、ごめん、覚えてないんだけど何それ」
 トウコは腕を組んで首を傾け目を細めたが、結局思い出せなかったのか困ったように小さく微笑んだ。やっぱり約束なんてしてないよ、と組んでいた腕をほどきゴロリと寝っ転がるトウコの隣に、チョロネコが嬉しそうに近寄った。トウコとの約束は夢だったかもしれないけど、現にこうしてトウコはここに来て、チョロネコたちと一緒に草の上で横になっている。不思議な事もあるんだね、とチョロネコに視線を送るが、チョロネコはボクの視線には気付かずにトウコに道中取ってきていたオボンの実とモモンの実をプレゼントしている最中だ。
「わーありがとう! いっぱいだ!」
「ねえ、ボクもひとつもらっていい?」
「ダメ、ダメ! ネエさんのなの! エヌのじゃなーいーのー!」
 木の実が山盛りに入ったカゴに伸ばした手はチョロネコの尻尾にひっぱたかれた。「痛っ」ヒリヒリする手の甲を撫でていると、トウコがクツクツと小さく笑いながら「しょうがないなあ」とモモンの実をボクへと投げる。
「1人じゃ食べきれない。パス!」
 受け取ったモモンの実を食べようと口へ持っていくと、何かを思い出したかのように「あ」とトウコが小さく声を上げた。チョロネコが不思議そうにトウコを見上げる。
「こういう木の実ってポケモンが食べると状態回復の効果があるからズルいよね。美味しいから別にいいけどさ」
「…………?」
「バトルの……あ、いや、とにかくまあ、健康にいいってことだよ」
 まるで失敗したとでもいいだけにトウコは目を逸らし再び寝っ転がると、顔の上にキャップを置いて寝る体制に入ってしまった。「バトルって」何。そう聞こうとして口を開けば、キャップを軽く持ち上げたトウコが、ボクの苦手なあの目のトウコがゆっくりと口を動かした。
「あなたは知らなくていいんだよ」

−02:何も知らないふりでバイバイ

「エヌはいくつだった? ボクはねー……23個!」
「30個だったよ。ボクの勝ちだね」
 5分間でどれだけ多くの木の実を穫れるか、という遊びはゾロアが気に入っている遊びのひとつだ。収穫後の木の実はすぐお腹の中に収まってしまい、カゴは10分も経たずに空っぽになる。この間トウコから健康にいいと教えてもらってからというものの、ゾロアは頻繁にこの遊びをしたがるようになった。「いいでしょ? 減るものじゃないし」と木の実を食べるゾロアに、あれだけたくさんある木の実もいつかは無くなってしまう、ということを教えなくちゃと何回も考えたことがあったけど、なんだかそれを話すことに躊躇いを覚えてしまい、ボクはいつだって「そうだね」と返すだけ。ああ、きっとボクも心のどこかで思っているからだろう。
 ずっと無くならなければいいのにって。
「ねえ、エヌゥ。この前ネエさんが言っていたバトルって何だろうね?」
「……さあ。彼女はボクに何も教えてくれないから」
 そうだ、トウコは何も教えてくれない。
 たくさん知っているくせに、「Nは知らなくていいから」というのがトウコの口癖だ。けれど、その言葉を口にする時の彼女の瞳が、どうしようもない程に悲しげなものだから。だからボクも何も聞かない。教えてくれ、とも言わないし、第一に言えないのだ。
「N、帰ろう。迎えにきたの」
 あの声がずっと頭から離れてくれない。ああ、彼女の声だ。きっとボクをどこかへ連れていこうとしている彼女の声なんだ。どうしてボクの幸せを壊そうとするの。お願い やめて──。
「ねーえ、エヌったら!」
「ごめんごめん、聞こえてるよ」
 オボンの実を口にくわえながら、チョロネコは小さく首を傾げた。「急にぼーっとしちゃって変なの」というチョロネコの言葉につられてゾロアもダルマッカもボクを見て笑い出す。ああ、なんだ。ほら、幸せは続くんだ。木の実はきっと無くならないんだよ。
「エヌ! エヌ!!見て見て! あれネエさんだよ!」
「トウコ?」
 チョロネコが示す方向に視線を移すと、確かにトウコがこちらに手を振りながら歩いて来ていた。チョロネコが大きく手を振り返す。ゾロアとダルマッカはお腹がいっぱいになったためか眠たそうな顔でゆっくりと手を振っていた。
 ボクも遠慮がちに右手を振る。
 トウコは腕に甘い匂いのするカゴを提げて駆け足でこちらに向かってくると、にっこりと自慢げに笑った。
「この間もらった木の実でお菓子作ったの。食べて!」
 カゴに積まれたオカシというものを手に取り匂いを嗅ぐ。確かに美味しそうな匂いが鼻を掠めるが、見たことのない物体に食べることを躊躇に覚えてしまうボクとは反対に、チョロネコ達は口いっぱいに頬張り「おいしい!」と目を輝かせた。その様子に安心してオカシを口に入れてみると、確かに美味しい。水分が奪われるものじゃなければいくらでも食べられそうだ。
「張り切っていっぱい作っちゃったんだ」
「美味しい! シアワセー!」
 両手にオカシを持って、チョロネコは幸せそうに目を細めた。ゾロアもダルマッカも美味しいと笑う。けれど、ボクはもういらない。
 ボクが一口だけ食べて残りをダルマッカに渡すと、その様子を見ていたトウコが眉をしかめた。
「口に合わなかった?」
「美味しかったんだけど、ボクは好きじゃないみたい」
 ふうん。そう息を吐いたトウコは少し残念そうだった。罪悪感が募ったボクは慌てて言う。
「多分、食べなれてないからだと思うんだ」
 チョロネコが言った。
「でもボクは初めて食べたのに美味しいよ?」
 トウコはありがとうと笑った。
「別に気にしないよ。味覚なんてそれぞれだもんね」
「自信を持ってくれ。トウコの作ったポフィンはほんとに美味しかったから」
「どーも、どーも」
 彼女はどうでもよさそうに返事をした後、ボクの顔を見て困ったように笑った。ああ、またあの目だ。あの目でボクを射抜くんだ。「どうして知ってるの?」彼女は言った。ボクは何か言っただろうか。ボクは何か知ったのだろうか。急に怖くなって、トウコから目を逸らす。ああ、間違えたんだと直感が告げている。
 トウコがボクを見ている。
「どうしてNが知っているの?」


−01:始まりはもう少しだけ未来のお話

「N様、お時間です」
 誰だろう。ボクの手を取るコイツは誰だろう。知らない場所だ。チョロネコ、どこに行ったの。ダルマッカまた勝手に出掛けたのかい。ゾロアキミまで一体どこに。
 ボクの手を引っ張り、しばらく真っ直ぐに歩いていた彼はピタリと止まる。身体がすっぽりと隠れてしまうほどの彼の服は、トウコのものとは反対だなあと思った。
「さあ、N様」
 彼はゆっくりと扉を開けた。
「ニンゲン共に傷つけられた哀れなポケモンです」
 夜のようにぽっかりと暗い部屋の中へと、背中を押されるままに足を動かした。トン、と足に当たったのは一体何だろう。ああ、温かい。よく知っている温かさだ。だって、昨日だって一緒に──。
「………チョロネコ?」
 返事がない。屈んでポンポンと軽く叩いてみるけれど、やはり反応は何も無かった。チョロネコ、ねえ、ここがどこだか知ってるかい。ねえ、ダルマッカ達はどこに行ったの。ねえ、どうしてそんなにボロボロなんだよ。
「N様、そのポケモンだけではありません」
 彼はさらに向こうを指差した。足は勝手に動く。
 ダルマッカとゾロアが同様に、ボロボロになって転がっている。
 そんな。
 どうしてこんなことに。
 誰がこんなことを。
 どうしてこんなことに。
 誰か。
 ねえ、誰か返事をしてよ!
「フフ……フハハハハハ!!」
 後ろで誰かが笑っている気がした。
「貴方は素晴らしい王になる」
 後ろで誰かが囁いた気がした。


「N、起きてちょうだい」
 トウコの声でまぶたを開く。
 いつもと変わらない緑色と青色の景色に安堵して、ゆっくりと息を吐いた。ああ、ここはあんな恐ろしい場所とは比べものにならないほど穏やかな気分になれる。ここはあんな恐ろしい場所とは違う。そうだ、いつものようにチョロネコと一緒に駆け回って、ゾロアと一緒にきの実を食べて、ダルマッカと一緒に昼寝をしよう。夜は皆で星を数えて、時々トウコと遊んで、ボクはそんな風に皆で静かに暮らしたいだけなんだ。他に何も望まない。もうあんな場所になんか戻りたくない!
「N、起きてちょうだい」
「ボクはもう起きている!」
 ああ、チョロネコ達はどこに行ったんだろう。寝てしまったボクをトウコに任せて、皆は遊びに行ってしまったのかな。きっと沢山のきの実を抱えて帰ってきて、ボクの名前を呼びながら駆けてくるんだ。いつも通りに。……。
 ……昔のように……。
「N」
「……本当に、楽しかったんだ。ずっと、ずっと皆で暮らしていたかったんだ」
 もっと、ずっと小さい頃だった。
 ここがどこなのかは知らなかったけれど、気がついたらボクはここに存在して、となりにはみんながいて、それだけでボクの世界は十分なほど満ち足りていた。
「さあ、私と一緒に行きましょう」
 アイツが全部壊すまで。
 アイツはボクの手を引っ張り空っぽの部屋へと押し込んだ。遊具は要らないほど溢れていたけど、太陽も草も水も、何より大切なトモダチが存在しないあまりにも何もない部屋にボクを閉じ込めた。
「さあ、貴方にこの世界の「真実」を教えてあげますよ」
 どれくらい、腕の中で冷たいポケモンを抱いただろう。どれくらい、ニンゲンの愚かさを知っただろう。どれくらい、ボクはこの部屋で過ごしたのだろう。ああ、ねぇ皆は元気に過ごしているのかな会いたいのにどうしてボクはこんな部屋に閉じ込められなくちゃならないの今日も腕の中からニンゲンに傷つけられたキミたちが囁くんだ。
「みんなお前らのせいだ」
 そう、ボクはニンゲンだ。

「N、起きてちょうだい」
「嫌だ!! あんな場所になんか戻りたくないんだ! どうして解ってくれないの? みんなの言葉が解らないからか!?」
「N、起きて。きっと迎えに行くから」
 トウコはあの目でボクを見ている。ああ、そうか。そうだったのか。だからボクはキミの目が、キミのことが苦手なんだ。キミがボクを起こそうとするから。
キミがボクを救ってくれそうな気がするから。
「キミは誰なの」
 微笑んだトウコの目はとても優しくて、穏やかで、そして涙を流していた。
 彼女は言った。確かにおかしな世界だけれど、確かに最低な世界だけれど、それでも。……。彼女は笑った。隣の凛々しい竜が息を吐き出す。ああ、いつか見たことのある黒色の竜だ。彼女の声が聞こえる。きっと、きっと迎えに行くから。
「もう少しだけ待ってて」


00:PROLOG IS ××

「N様、ご準備は」
「もう終わっているよ」
 見渡す限りの草木も木の実も無ければ、ずっと隣にいたトモダチも居ない虚しいボクの部屋。しばらく留守になるのは、ボクが王としてニンゲンから皆を解放するために出て行くからだ。大丈夫。もうすぐだよ、ボクがプラズマ団の王として、愚かなニンゲン共からみんなを解放するんだ。
 ボクは今でもずっと覚えている。あの景色の中で、みんなと過ごした遠い記憶を。駆け回った草の上を。みんなで食べたきの実も味、寝転がって見上げた美しい星空だって。
しかし不思議なことに、もう1人誰かがいた気がする。迎えに行くから……そう言ったのは誰だっただろう。泣いていた気がする。池のほとりで、誰かが笑っていた気がする。帽子の下の瞳をキラキラと輝かせながら、誰かがボクに大丈夫だと囁いた気がするのに。
「N様、参りましょう」
「……ああ」
 ゲーチスの演説を聴いているニンゲン共がボクの周りで騒いでいる。なんてうるさい。どうして気にしなくていいだなんて思えるんだろう。どうして彼らはポケモンの声に耳を傾けようとしないんだろう!
 ゲーチスの言っていた通りだ。やはりボクが英雄となり、ニンゲンを導かなければならないのだ。そうしなければ、いつまでもトモダチはシアワセになれない!
 演説が終わると集まっていたニンゲンはそそくさと散らばり帰っていったが、演説舞台から離れた場所で、2人の子供だけは最後までじっとゲーチスを見つめているようだった。ふうん、どうせキミたちもきっとポケモンの声を聞かないんだろう。あの世界のように、みんなが自由でシアワセならどれほど良かったことだろう。彼女のように美しいニンゲンばかりだったなら、きっと素晴らしい世界になっていたはずなのに。
 彼女? 彼女って、ボクは一体誰のことを。
 瞬間、帽子をかぶった子供の、星のようにパチパチとした目が合って──。

「……見つけた」

はじまる【20150412 END】
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