おくすり 蝉達の鳴く声が遠くに聞こえた。日が傾き部屋が綺麗なオレンジ色に染まる刻、いつものように鍵が開けっ放しのガラス窓が開く。入ってくる人物なんて分かりきっているし、わざわざ確認するように振り返ることもしない。…が。その時は背後に感じる気配に何となしに目を向けた。 「……きや」 眉尻を下げてへらりと笑う尾戸を見て、あぁ何かあったんだなと思う。こいつの強がりは昔からだった。どんなに辛かろうが、明るく振る舞う尾戸は、弱々しい姿を他人には見せるということをしないのだ。幼なじみである自分の前以外は。 下手くそな笑顔で、何も言わず抱き着いてくるこいつを、優しく撫でて甘く惚ける言葉をかけてやるのがもっぱら俺の役目だ。柔らかい髪を梳きながら俺はこいつを思いっきり甘やかすのだ。 尾戸は背中に腕を回し甘えるように擦り付けてくる。髪が首筋にあたりくすぐったい。肩に押し付けるようにしてくしゃくしゃになった前髪を直し、髪の流れに沿って頭を撫でてやる。 「きや、なぐさめて」 肩に顔を押し付けたまま、くぐもった声で尾戸がそうぽつりと呟く。こいつの好きなようにさせようと身体を預けると、抱き着かれたまま、ゆっくりと視界が反転した。天井を見ながら視界の端で薄い茶色の髪が揺れ、触れてられていた部分が仄かに熱を残した。 そのまま尾戸がゆらりと顔を上げる。薄ら目を開けて見るも、ぼんやりとした蛍光灯の明かりを背負うこいつの、表情は汲み取れなかった。 形を確認するように頬を撫でられる。そのまま滑るように親指でゆっくりと唇をなぞる。背中に走るゾクッとしたむず痒い感覚を堪えるように目を閉じれば唇には柔らかい感触と、ほのかにシャンプーの香りと少しの汗の匂いがした。 「お前、俺がいなかったら死ぬだろ」 「そうかもね」 夏場の薄っぺらいタオルケット一枚あるだけの簡易な布団は少し固くて背中が痛い。見上げた先で、目を伏せた気配を感じ、俺は再び目を閉じた。 |