首都シルキス
ライトキャンドル24F
魔道具開発フロア
「シン…少し休んだらどうだ」
無数のコードが床を埋め尽くす部屋で、一心不乱にキーボードを叩く西広。
「もう2日もぶっ通しじゃねーか。いい加減倒れるぞ」
そう声を掛けた無精髭の男の名は、エディ・ブラック。
シルキスに到着した西広を拾い、研究所に配属した張本人だ。
「待って、もー少しなんだ」
キーボードに繋がる画面に目を向けたまま、簡潔に答える西広。
いや、休めと言われているのに待って、とは答えになっていない。
西広はエディの話を聞いていなかった様だ。
エディは肩を竦め、1つ溜息をついた。
「全くとんでもねーガキを拾っちまったモンだぜ…」
白衣のポケットに手を突っ込み、呆れ気味に呟く。
西広がこちらの世界に来てから、10日が経った。
始めは戸惑いを隠せない西広だったが、これが現実だと受け入れてからの成長は目を見張るものがあった。
錬金術師の固有能力には、サイコメトリーというものがある。
これは一般的に知られている様な、物体が見た記憶を読み取る超能力ではなく、物体の構造、原理、製造過程などをを読み取るのだ。
どちらかと言うと透視に近い。
例えば西広が携帯電話を調べたとすると、対象に触れるだけで製造番号、機能、使用年月、所有者情報に至るまで読み取る事が可能なのだ。
そして物体情報を読み取った後は、用語や仕組みをひたすらに勉強する。
元々勉強が苦ではない西広は、特に問題も無く短期間でみるみるレベルを上げていった。
そして、やはり錬金術師も例に漏れず学師の中では最高ランク。
普通は工学、生物学、物理学などの専門分野があるが、錬金術師は全てのジャンルを扱う事が出来る。
西広は現在、機械工学を元に魔道具の開発を行っていた。
元の世界とは勝手の違うキーボードのタイピングもすぐに覚え、凄まじいスピードでプログラムを作成する西広。
そして、最後にタンっ、とEnterキーを押し、
「でーきたー!!」
ぐいー、と伸びをしながら満足げに叫ぶ。
「お疲れさん」
エディが声を掛ける。
「あっ、エディ!」
たった今存在に気付いた様だ。
先程の返事は何だったのだろう。
エディは再度肩を竦めた。
「今度は何作ったんだ?」
エディが問い掛けると、西広は得意げな笑みで答える。
「魔力探知器!ちょっと扱い難しいけど、応用次第で刑軍の犯人捜査にも使えると思うんだ」
国の発展と共に、刑軍に有益な魔道具を作り出すのも錬金術師の重要な仕事だ。
後にこの時作った探知器が高く評価され、大師に任命されるきっかけとなる。
「そりゃ良かった。一区切りついたトコでメシ食おうぜ」
「うん。そーいや昨日から何も食べてないや」
もう一度伸びをした所で、腹の虫が激しく空腹を主張した。
それを聞いたエディは豪快に笑い、西広は少し恥じらいながら2人は研究室を後にした。
そして食堂に向かう途中、
「やめて下さい!!」
廊下に女の声が響いた。
2人が声のした方に視線を向けると、若い女性が大柄な男に詰め寄られていた。
「まーたやってるよアイツ」
「エディ、知り合い?」
エディが溜息混じりに言うと、西広が問う。
「別に知り合いじゃねーよ。カルヴィンって聞いた事ねぇ?ここの警備兵」
「ううん、知らない」
「アイツなー、事あるごとに女を口説き回んだよ。それで辞めちまう女社員増えちまって、自分達で雑用やんなきゃなんねーからこっちはいい迷惑だぜ」
エディはそう言って頭を掻いた。
「助けてあげないの?」
西広は少し不満げに問う。
「やめとけ。この国の女がどーゆう扱いか説明しただろ。女だってそれ解ってて働いてんだから、ヘタに関わんな」
エディの言葉に、西広はムッとした。
そしてズカズカとカルヴィンに歩み寄る。
「おいシン!!」
エディの制止を聞かず、西広は女性の肩を抱くカルヴィンの右腕を掴んだ。
カルヴィンは西広をギロリと睨み、口を開く。
「何だオメーは」
西広もカルヴィンから視線を外さない。
「やめたげたらどーですか。この人嫌がってるでしょ」
負けじとカルヴィンを睨み、言い返す西広。
すると、ニヤリと笑ったカルヴィンが再び口を開く。
「オメーが例の天才錬金術師か。噂通り生意気な小僧だ」
カルヴィンはそう言うが、西広は普段から礼儀正しく生意気な態度など一切取っていない。
エディに対してタメ口なのは、エディが最初に敬語を使うな、と言ったからだ。
エディはかなり砕けた性格で、堅苦しいのは心底苦手らしい。
要するに、生意気というのはカルヴィンの偏見とひがみである。
西広はカルヴィンの台詞など気にも止めず、腕を掴んだまま放さない。
そして、カルヴィンは更に言葉を続ける。
「ここで働いてる女は嫁に行けねぇ売れ残りなんだよ。貰い手のいねぇ女がここの男に尽くすのは当然だろが。邪魔すんじゃねぇよ」
カルヴィンから吐き出された下劣な台詞に、ついに怒りをあらわにした西広。
「アンタみたいに腐った人、ここには要らないです」
ギリ、と腕を掴んだままの右手に力を込める。
カルヴィンは表情を歪め、怒声を上げた。
「天才錬金術師だか何だか知んねぇが、邪魔すんなら消してやらぁ!!」
カルヴィンは空いている左手を振り上げ、西広に殴り掛かる。
しかし西広はいとも簡単にそれを受け止め、右腕を掴んだままカルヴィンを背負い上げた。
そして、
「でぇい!!」
自分より一回りも大きいカルヴィンを投げ飛ばした。
カルヴィンは壁に穴が空く程強烈に激突し、気を失った。
西広はパッパッ、と白衣をはたいて振り返り、女性に声を掛ける。
「大丈夫ですか?」
「はい…あの…ありがとうございます」
女性は俯きながら礼を言う。
研究所の女性にとって、男に助けられるのは初めての経験だった為、戸惑いを隠せない。
西広はそんな彼女にニッコリ笑って、
「また何かあったら遠慮無く言って下さい。貴女達が居てくれて、オレらホントに助かってますから。いつもありがとうございます」
研究員達の食事を作ったり、細々した雑務を文句一つ言わずに働いてくれる女性達に、西広は心から感謝の言葉を述べた。
瞬間、女性は真っ赤になって口を開く。
「いえっ、あの、こっ…こちらこそ働かせていたっ、頂いてる身分で…っ」
まるで三橋の様にどもりながら言葉を返す女性。
そして1つ深呼吸をして、続ける。
「わっ…私、給仕のジゼルと申します!あの…良かったら御礼に食事など作って差し上げたいのですが…」
「ホントですか?ちょうどオレら食堂行くトコだったんですよ。是非お願いします」
「はっ、はいっ!!では、先に行ってお待ちしてます!!」
そう言ってジゼルと名乗った女性は走り去った。
事の顛末を遠くから眺めていたエディは、西広に歩み寄り、肩に手を乗せて言う。
「どーなっても知らねーぞ」
言葉の意味をまるで解っていない西広は、キョトンとしている。
その後2人はジゼルの渾身の手料理をペロリと平らげ、疲れきった西広は直ぐさま眠りに就いた。
そして2日後、魔力探知器を発明した西広は錬金大師に任命されたのだった。
「大師!お茶はいかがですか!?」
「大師、今日はアップルパイを焼いてみました!」
「良かったらこれも召し上がって下さい!」
「ずるーい!大師、採れたてのプラムもどうぞ!」
「食後にはプティフールもありますよ!」
「…あ…ありがとう……」
食事の為に食堂に入った西広の眼前には、テーブルに所狭しと並べられた料理達。
カルヴィンの一件以降、西広はライトキャンドルで働く女性達から絶大な人気を得ていた。
(嬉しいけど…流石にこの量は…)
しかしながら、西広の為に腕を振るった女性達の好意を無下にも出来ない。
ふと、隣に座るエディを見ると
「だーからやめとけって言ったろ」
呆れた顔で料理を口に運んでいた。
(そんな事言ったってぇ…)
その後、西広が必要以上に研究室から出る事は無くなった。
→あとがき
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