ベスポジ



会ったら言おうって

ずっと思ってた

でも接点がないから言えずにいたら

そのまんま忘れた






「花井ー阿部ー。三橋今日居残りだからー」


夕練の為、わらわらとベンチに集まり始める部員達の中、2人を見つけた泉が報告をした。
それを聞いた阿部は少しムッとした様子だ。


「何で?追試?」


花井が理由を聞く傍らで、阿部も泉の返答を待っている。
理由次第じゃ鉄拳が下りそうだ。


「うんにゃ、家庭科の帽子作り。あいつだけ時間内に終わんなかったんだ」

「なんだ。あとどんくらいだった?」

「30分もあれば終わりそーな感じだったぞ。浜田も一緒に残ってっし」

「んか。じゃ問題ねーな。おーし!始めっぞー!」


理由が追試でない事と、居残りが長くない事に安心した花井は、集合を掛けて練習の開始を告げた。
三橋以外揃っている部員達は『ういー』と口々に返事をして、ランニングを始める。
たまたま阿部の横に並んだ泉は、阿部のなんとも険しい表情に気付いた。


「シワできてんぞ」

「んあ?」


走りながら自分の眉間に指を当て、眉間に皺が寄っている事を指摘してやる。
どうやら阿部に自覚はなかったらしく、話し掛けられたと同時に普通の表情に戻ったが、阿部の心情を察した泉はランニングを続けながら阿部を諭す。


「別に追試じゃねんだからいーじゃんよ」

「何の話だよ」

「どーせ三橋が居残りなのが気にくわねんだろ」

「ンな事言ってねー」

「顔に出てんだよ」


そう言われては返す言葉もない阿部は、ム、と言葉を詰まらせる。
そして泉はとびっきりのフォローを付け加えた。


「あいつがおせーのだって、指気にしてだぞ。右手で針持ってんだから、利き手は刺さねってのによ」


阿部はパ、と瞼を見開いて泉を見た。
三橋は自分の言う事を忠実に守っていた。
居残り自体は褒められた事ではないが、それなら仕方ない、とでも言いたげな表情になった阿部を見て泉は思う。
阿部は案外簡単な奴だ。


「ま、あいつだけワリー訳でもねーか」


急に機嫌が戻った阿部に対し、何が気に入らなかったのかと問い詰めたい泉だったが、面倒なのでやめた。
その後の流れで柔軟も泉と阿部でペアになった為、結局会話は続く。


「三橋ってさ」

「んー?」


泉の背中を押しながら阿部が話し掛ける。
お前の話題は野球と三橋しかねーのか、阿部。
内心そう思った泉だったが、口に出すのはやめておいた。


「クラスでどーなん?」

「どーって…フツーだよ。他の奴にはあんま自分から喋んねーけど」

「ふーん…」

「授業もちゃんと受けてんぞ」

「ふーん…」


自分から話し掛けておいて、興味があるのか無いのか微妙な相槌を打つ阿部。
長座位前屈から開脚前屈に入り、今度は泉から話を振る。


「つまりさー、阿部が言いてーのは、三橋とどー喋ったらいーか、って事だろ?」

「…平たく言うとな」


平たくどころかそのまんまだろ。
つーかいつもその事じゃん。
またしても頭を過ぎった感想も、口に出す事はなかった。
泉は余計な事は言わないらしい。


「オマエさ、オレと喋る時『何喋ろー』とか考えてる?」

「んあ?別に」

「フツーそんなもんだろ」


泉はまた、背後からパ、という音を聞いた気がした。
ナゼこんな当たり前の事に気付かない、阿部。


「まーそれでもワカンネーなら、浜田に聞いてみれば?」

「浜田…」


阿部の相談まがいの話に飽きたのか面倒になったのか、または浜田に体よく押し付けたのか。
それ以降泉は阿部の話に付き合う事はなく、阿部もまた三橋の話を振る事はなかった。
阿部の思考が他に移ったからだ。


(なんか…浜田に言いてェ事があった気が……………………………………何だっけ)


10秒考えて思い出せなかったので、結局考えるのをやめた。
その答えは、後日あるハプニングで思い出す事となる。




「…また居残り…?」


授業の終わった7組の教室前で呼び止められ、報告を受けた阿部は口の端を引きつらせ、三橋の言葉を反復した。
凶報を告げた三橋はというと、泣きそうな顔で俯いている。
阿部は隣で申し訳なさそうにしている浜田に視線を向け、問い掛ける。


「…なんで?」


若干抑え目の声量がまた、言い知れない恐怖を与えている。
自覚があるのかないのか、阿部は黙って浜田の言葉を待つ。


「あのさ、三橋怒んねーでやってくれな。ワリーのオレだから」

「だからなんで?」


ついに攻撃的になった阿部の声色に、年上ながら一瞬たじろぐ浜田。
しかし、ここはきちんと説明しないと三橋が危ない。
浜田はゆっくり言葉を紡ぐ。


「こないだの家庭科でさ、帽子作ってたんだよ」

「知ってる」

「んで、三橋が終わんなくてオレ一緒に残ってたんだよ」

「知ってる」

「…家庭科の先生、厳しいじゃん?」

「だから!?」

「センセーが教室出た隙にオレが仕上げたのバレちゃったんだよ…」


言い終えてごめん、と頭を下げる浜田。
腕組みをして鋭い眼光を飛ばす阿部。
この構図に年上の威厳は皆無だ。
そこで三橋が慌てて言い分を述べる。


「ちがっ…オレ が はっ、早く練習行きたいって…」

「あー、でもそれで手ぇ出しちゃったのオレだから」

「は、ハマちゃんは悪くな…」

「でも、結局また居残りんなっちゃったじゃん」

「オレっが、遅い カラ」

「指気を付けながらやってたからだろ?」

「で、も…!」

「いーっていーって。それより阿部、ごめんな」


ポンポン、と三橋の頭を叩き、阿部に向き直った浜田は申し訳なさそうに再度謝罪した。

三橋のやる気、浜田の善意。
誰にも過失が無いハプニングに、阿部も言葉を失った。
甲子園優勝という目標を、いの一番に掲げた男が居残りとは。
グラウンドを使える時間は限られている為、1分1秒が惜しい時期である。
三橋も反省しているとは言え、三橋だけが悪い訳ではないとは言え、阿部は何とも言えないストレスを感じていた。


「そいじゃ三橋、早く終わらして来な。オレも今日は練習参加するから」

「っ、うん!また あとで!」


そう言って三橋は、たたたーと廊下を駆けて行った。
残された阿部と浜田の間には、妙に重い沈黙が流れる。


「じ、じゃ、オレらも行くか!」


阿部を気遣って、明るめに声を掛ける浜田。
本当に、根っからの苦労人である。
対して阿部は、何を考えているのか解らない表情で黙って足を踏み出した。
暫く黙ってグラウンドに向かう阿部と浜田だが、案外接点のない2人にとって、沈黙はキツイ。
かと言って、話題は思いつかない。
しかもあんな報告の後だ。
浜田は阿部が怒っていると思っている為、話を振るのも勇気がいる。
そして数秒後、阿部はそんな浜田の思考など知ったこっちゃない様子で話を切り出した。


「浜田さァ…」

「はっ、はい!?」


急に話し掛けられた事に驚いたのか怒られると思ったのか、またはその両方か。
浜田は上擦った声で返事をした。


「三橋に甘過ぎじゃねェ?」


浜田の顔を見てそう問い掛けた阿部の表情は穏やかだった。
どうやら怒ってはいないようだ。
そんな様子にホ、と安心した浜田は、答えを返すべく言葉を探す。
甘過ぎと言われたが、帽子作りを手伝った事だろうか。


「なんで?」

「えー…イヤなんでって言われても…」


もう甘過ぎという前提で話が進んでいる。
浜田はあれこれ思考を巡らすが、心当たりがあり過ぎる。
甘いという自覚はあるらしい。
しかし、何故かと聞かれても返答に困る。
う〜ん…と上を向いて、頬をポリポリ掻きながら悩んでいると、阿部が質問を続けた。


「年上だから?」

「年上ったって1コじゃん。他のヤツにはフツーだぜ?」

「じゃー幼馴染だから?」

「それも違う気が…泉だってガキん頃から知ってるしなぁ…」


暫く悩んだ後、浜田が出した結論はこうだ。


「たぶん、三橋だからじゃね?」


三橋だから。
その一言に、阿部は妙に納得した。
自分も、他の投手が相手ならこんなに世話は焼かない。
何をしていても危なっかしい三橋だからこそ、口うるさくもなるのだ。
阿部はそっか、と返したが、続く浜田の言葉によって、浜田と自分の『三橋だから』の認識が違う事に気付く。


「三橋がもーちょい上手にヒトのせいに出来れば、オレもこんな甘やかさねんだけどなー」


はは、と緩い笑顔で、浜田はそう続けた。
それを聞いた阿部はパ、と見開いた目で浜田を見る。


「どーゆーイミ?」


理解出来なかった阿部は、言葉の真意を尋ねる。
すると浜田は、んー?と特有の柔らかい空気で反応した後こう答えた。


「三橋ってさー何かあったら全部自分のせいにすんじゃん。『オレがダメだから』とか」

「うん」

「でも、実際は全然ンな事ねーじゃん?」

「まぁ」

「オレはね、自分が悪いのは7割でいいと思ってんの。あとの3割くらいヒトのせいにしねーと、ココロ持たねーよ」


阿部は困惑した。
まだ話がよく解らない。


「だからさ、オレが全力で甘やかすくらいがちょーどイイんだよ」


フニャリとした笑顔で、浜田は言い終えた。
阿部は浜田の台詞を脳内で何度も再生した。

自分が悪いのは7割。
あとの3割はヒトのせい。


「そっか……」


話を噛み砕いて理解した阿部は、穏やかな笑みと共に声を漏らした。

誰だって、怒られたり嫌な事があれば無意識に自分を擁護する。
口に出さずとも、自分だけが悪い訳じゃないと主張する。
誰もがそうやって心を守っている中で、三橋はそれをしない。
三橋の心はいつだって無防備で丸裸だ。
ちょっとした一言が、驚くほど響いてしまう。
なのに傷付いても傷付いても、自分を守らない。
そうやって自分を大事にしない三橋が、阿部は嫌だったのだ。


「ま、阿部が叱ってくれるからオレはこの位置キープできんだけどね」

「は?」


続いて浜田が発した言葉に、再度困惑する阿部。
にしし、と無邪気に笑う浜田。


「なんの事だよ」

「だからー阿部が三橋をちゃんと叱ってくれるから、オレは甘やかすだけ甘やかして感謝されるっつーおいしいポジションを頂いてるワケ」

「なんだよソレ!」

「何だも何も、言葉通りだけど?」


何かおかしい事言いました?的な表情で聞き返す浜田。
言わなくてもいい事まで言ってしまう、これが浜田と泉の違いである。


「なんか…腹立つ!」

「いて!」


阿部は浜田の尻に蹴りを入れた。
いつの間にか三橋の叱り役、というポジションを確立されていた事にも腹が立つが、何だかそれ以上に気恥ずかしい。
今の浜田の言い分は、それじゃあまるで


「オレら2人でアメとムチ!」


無駄なピースサインと共に吐き出された浜田の台詞は、阿部の心を羞恥で満たすには十分だった。
それより何より納得いかないのは、それも悪くないと思っている自分である。


「浜田!そのポジション代われ!」

「ヤダよーオレ三橋の球捕れねーもん」


阿部は照れ隠しとも取れる台詞を吐くが、対する浜田はヘラヘラした何も考えていなさそうな顔で、いちいち確信をつく。
その度に阿部はう、と詰まる。
三橋の球を捕って返して、同じフィールドに立つ。
それは浜田がどう頑張っても出来ない事なのだ。


「オレのベスポジは譲らねーよー」


あはは、と笑いながら阿部の少し前を歩く浜田。
その背中がどうにも大きく見えて、阿部は敵わねェなと思った。

同時に思い出した。
あぁ、そうだ。
この背中だ。


「はまだー」

「なにー?」


立ち止まり、少し離れた位置から浜田を呼ぶ阿部。
振り向き、釣られて語尾が伸びる浜田。

阿部には言いたい言葉があった。
それを今、思い出した。




「援団やってくれてありがとー」




その時の浜田の顔は見ものだった。
固まって呆けた浜田の横を、満足気でいたずらな笑みの阿部が通り過ぎる。




「早く行くぞー」




今度は阿部が振り返り、浜田を呼ぶ。
浜田は赤くなった顔を俯き隠しながら、再び歩き出した。


応援団と、高校球児。

違う道を、違う歩幅で一緒に歩く。


打って、走って

捕って、返して


泣いて 笑って 受け止めて。




→あとがき





[Book Mark]

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -