3ぴーす



「うあー…さむ…っ」


厚手のコートに手袋、マフラーまでがっちり巻いた完全装備で、星が瞬く夜空の帳に包まれた泉。
彼は肩を窄ませながら、静かな住宅街を歩いていた。


「ちっくしょー…帽子も被ってくりゃ良かった…」


若者がそこまで防寒していれば十分だとは思うが、今夜の冷え込みはいつにも増して厳しい。
人気もないのでつい愚痴を漏らす。


(今日は…雪かな)


ほうっ、と頭上を見上げれば、東の空にはどんよりした積雲のかたまり。
予報は見ていないが、あの雲を見る限り降雪は疑えないだろう。


(積もるかなー…グラウンドぐちゃぐちゃになんなー…)


時々顔面を攻撃する北風に敵意を抱きながら、時々明日の練習を心配しながら、泉はてくてくと目的地に向かい歩く。

さっさと用事を済ませて帰りたい。
こたつ入ってあったまって、いっそそのまんま寝ちまいたい。

真冬の恋人の誘惑は、寒さで縮こまった泉の歩幅を大きく広げた。
そしてようやく目的地を視界に捉えた時、予想だにしない声が泉の鼓膜に届いた。


「あれー?泉じゃーん」

「あっ、こんばん わ!」


田島と三橋だ。
真冬は夏に比べて遥かに練習時間が短いので、もう全員とっくに帰った筈だったのだが。
事実、泉も1度帰宅してからここまで来ている。


「帰ったんじゃねーのか」


考える前に思ったままを口にする泉。
だが、


「だって練習終わってスグ帰ったらもったいねーじゃん!なー三橋!」

「うんっ」


……愚問だった。
この2人が大人しく帰る訳がない。
『子供は風の子』を絵に描いたような人間だ。
答えは聞くまでもなく遊んでいたのだろう。


「泉は?何してんの?」

「オレ?ちょっとな」


泉は答えになっていない答えを返すと、再度目的地である極楽の聖地・コンビニへと足を向けた。


「泉ん家こっちだったっけ?」

「いんや。ちっと遠い」


全くなんでオレが…とブツブツ言いながら、泉はようやく暖かい南国への扉を開いた。
どうやら目的地は一緒だったらしい田島と三橋も続いて中に入る。


「はー、あったけー」

「ははっ!三橋キッタネー!」

「田島くん も!」


急に暖かい店内に入った事で、ズルズル鼻水が垂れてくる。
ラーメンを食べる時にもよくやる、気を付けないと一瞬でラーメンが台無しになるアレだ。
2人でお互いのマヌケ面を笑い合いながら、少々汚らしく鼻水を付け合って遊んでいる。
泉も例外なく鼻を啜りながら、用事を済まそうと一直線にマルチコピー機へと向かった。


「わざわざコピーしに来たんか?」


様子に気付いた田島がひょい、と泉の顔を覗き込み、三橋もまるで小さい子供が親の真似をするように田島の横から顔を出す。


「ちげーよ。チケット買いに来たんだよ」


視線は画面に向けたまま、手際良く操作を進めながら泉はそう答えた。


「へー!何のチケット!?」

「ライブ」

「コレで買えんの!?へー、便利だなー!」

「コレ で買えるん だー」


へー、へー、と物珍しそうに画面に見入る天然コンビ。
一昔前の某番組のボタンがあれば、けたたましく店内にこだましていた事だろう。
むしろボタンなど必要ないくらいだ。


「便利だよなー!今じゃコンビニで何でも買えちゃうんだもんなー!」


…祖父か曽祖父の口癖だろうか。
とても若者とは思えない田島の台詞に、またも思い付いたまま「ジジイか」とツッコむ泉。



「こんなんスグ出来んだから自分でやりゃーいいのによー」

「泉 くん、おつかい?」

「やめてくれその言い方。アニキのパシリだよ」

「はは、泉カッコわるー」

「うるせー!」


はじめてのおつかい、みたいな三橋の言い方がお気に召さなかったらしい泉は正直にパシリである事を告げたが、今度は田島にからかわれる結果に。
真冬の恋人との仲を引き裂かれた事もついでに思い出して少々むくれたが、忘れるのも早かった。
ストレスにしかならない用事も、2人に出くわした事で退屈でなくなったからだ。


「でもオレ知ってんよ!今コンビニで宝クジ買えんだぜ!」

「へ、へぇっ」

「totoな。でもオレたちゃ買えねーぞ」

「あとなー、食いモンも届けてくれんだぜ!」

「田島くん、 すごいっ!」

「…三橋。今田島がスゲーとこ1コもねーぞ」


誰に聞いたのか、ここぞとばかりにありったけの知識を披露する田島。
キラキラとまばゆい羨望の眼差しを送る三橋。
正直、幼稚園児かと思うやり取りにも、慣れてしまえばこっちのもの。
退屈とはまるで縁のない2人は、見てて飽きない。
しかし、見てるだけではもったいない。
泉は不適にニヤリと口角を上げた。


「知ってっか?コレで野球観戦のチケットも買えんだぜ」


案の定。
『野球』の2文字に、天然コンビは尋常ならざる反応を見せた。


「マジで!!」

「ホント!?」


すかさず食いつく2人。
全く期待を裏切らない反応に、泉は快感さえ覚えた。


「今はシーズンオフだから試合自体やってねーけど、コレでかなり先のチケット買えんよ」

「マジか!1番早いのいつ!?」

「待ってろ。えーっとな、ほれ、3月2日」

「うおーっ」


まぁ、当然3月には春大もあるので、チケットが買えた所で観戦など行ける訳もないのだが。
ただでさえボールに触る時間が短くなった今の時期、野球に関する全ての事柄で興奮し、禁断症状が出てしまう。
そしてやはり耐え切れなくなった田島。
頭をガシガシ掻いて欲求を口にする。


「うあー!!早く打ちてー!!」

「オレ も 投げ たいっ!」


三橋も全身の毛穴から溢れ出るような欲求に耐えている。
思った以上のリアクションに泉も大満足だ。
そして彼もまた、早くボールに触りたい衝動に駆られていた。




「あのー…お客さーん……」




そこでふと、呆れ顔の店員が側に立っている事に気付いた。
声を掛けた店員は、表情通りの呆れ声で続ける。




「店内で騒がれちゃ困りますよぅ」




3人同時に、ハッとした。

忘れてた。

ここコンビニだ。




「「「すいませんでした…」」」




気付けば店内には数人の客も居る。
たかがマルチコピーの性能ではしゃいでた自分達が、急に恥ずかしくなった。


「あ、チケット代払わねーと」

「あ!オレら肉まん買いに来たんだった!」

「ジュー シー!」


三橋は恐らく『肉たっぷりジューシー肉まん』の事が言いたかったのだろう。
ジューシーで止めると何となく頭の悪い子に見える。

我に返った3人はそれぞれの目的を思い出し、気まずい店員の居るレジへと向かい、とりあえず泉の支払いを先に済ませる。


「コンサートチケット2枚で19000円になります」

「おっ?」


兄から預かった金額をそのまま取り出すと、泉の目が一瞬輝いた。


「1000円余る!」


そして嬉しそうに振り向いてそう言うと、すかさず


「あとジューシー肉まん6コで!!」


満面の笑みで肉まんを追加した。
んんっ?と大きな目をくりくりさせながら田島と三橋の2人が呆けていると、泉はニカッと笑って


「1人2コずつな!」


特大のサプライズを告げた。


「えー!いーの!?」

「それ お兄さんのじゃ…」

「いーって!パシリ代!」


泉があまりに上機嫌なので、本人も大丈夫だと言っている訳だし。


「「あっざぁーっす!!」」


遠慮なく頂戴する事にした。


「んまいなージューシー!!」

「ジュー シー!」

「ジューシー!!」


贅沢にも両手に大きな肉まんを持ち、寒空の中阿呆のように歓喜の声を上げる3人組。
肌を刺すような空気も、今はさして気にならない。
それぞれ家路に向かって歩きながら熱い肉まんを頬張る事に夢中になっていると、はらはらと空から何かが降ってくる。
肩に落ちる、白い白い『それ』は




「雪 だっ!」


「おー!雪だー!!」


「今年初じゃねぇ!?」




見上げた空に星はなく、代わりに舞い落ちる白い雪。
例年より大粒のそれは、まるで天使の羽のようにも見えた。


「こりゃ積もるかなー」

「グラ 整、早めに 行かなきゃ」

「いや待て待て。その前に……」


顔を見合わせた3人が、ニッ、と同時に笑う。






「「「雪合戦!!!」」」






雪が音を吸収して、不自然に静まり返った住宅街。
無駄に元気な三重奏も、漏れなく夜の闇に溶けた。
はしゃいだ3人は、肉まんを掴んだ両手で空に祈る。


積もりますように、積もりますように。

グラ整?あとあと。

せっかく降ったんだ。

積もって欲しいだろ。

遊ばなきゃ嘘だろ。


コンビニ内で蓄えた熱と、肉まんで補充した体温と
それとは別の何かで体が火照る。

何かが熱い、胸の内。

なんて明日が待ち遠しい。
なんて今が愛おしい。


言葉にならない何かが、血液に乗って全身を走る。






( たまにはパシリも悪くねぇな )






心の中で、こっそりと。

泉は少しだけ、今日の日を兄に感謝した。




→あとがき





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