キーンコーンカーンコーン――…
待ち侘びたチャイムが告げたのは、昼休みではない。
下校時間を知らせる鐘だった。
鳴り終わると同時にガターンと大きな音を立て、鞄を持って走り出したのは9組トリオだ。
「浜田急げ!!」
「ちょっ、待ってよ!!」
泉に急かされ、必死に後を追う浜田。
それから自転車置き場まで猛進し、休む間もなく全力疾走。
そうして辿り着いたのは学校の最寄駅だ。
ちょうど電車の到着ベルが聞こえた為、階段を駆け上がり間一髪の所で飛び乗る。
良い子のみんな。
駆け込み乗車はやめましょう。
「間に合ったー…!」
「…はっ…はぁ…疲れた…」
「良かった…ねっ」
「………」
声もなく、くたばりかけているのは浜田である。
日頃の運動不足がたたった様だ。
何とか呼吸を整え、ようやく本題を切り出す。
「…で、どこ行くの」
「「「決めてない」」」
またしてもガクーっとうなだれる。
呆れた子供達だ。
「じゃあ何の為に駆け込み乗車したの」
「だって時間もったいねーじゃん!」
「とりあえず電車乗っときゃどこへでも行けるしな」
田島と泉の言葉に三橋もコクコクと頷くが、あまり意味は分かっていないだろう。
まばゆいばかりの3人の瞳を見て、浜田は頭を抱えた。
「……あのな、電車は決まった駅にしか止まらないのね。で、この電車快速なのね。希望通りの駅で降りられるとも限らない訳だよ」
浜田の言葉を受けて、ハッ、とした3人。
悲壮感溢れるこの表情は、なかなか出せるものじゃない。
三橋など今にも泣き出しそうだ。
それを見た浜田は、慌てて言葉を紡いだ。
「分かった!分かった三橋泣くな!ブクロにしよう!ブクロなら止まるから!映画館の場所も知ってるから!」
帰りの時間を考えて、あまり遠出はしたくない浜田だったが、こうなっては仕方ない。
浜田の決死の提案に田島と泉もノッた。
「なんだ、行けんじゃん」
「良かったな三橋!浜田がイロイロ案内してくれるって!」
「ふひっ」
「そんな事言ってねー…」
これで本日の子守役は決定である。
そもそも何故こんな事になったかと言うと、始まりは前日の昼休み。
話題の映画の話をしている時だった。
映画館まで足を運んだ事がない、と言う三橋に田島がノり、泉が続き、ちょうど翌日は部活が休みだった為、明日皆で観に行こうと話がまとまった所でトリオは寝てしまい、結局行く所も決められないまま文頭に至る。
キャッキャとはしゃぐ3人組を見ながら、浜田は再度頭を抱えた。
3人共、高校球児という自覚はあるのだろうか。
問題を起こさずにいてくれるだろうか。
何かあったら監督や花井に合わせる顔が無い。
暫く悩んだが、普段は部活・バイト漬けの毎日。
滅多にない休みだし、何より三橋の楽しそうな顔を見て、考えるのを辞めた。
そして目的の駅に着き、真っ直ぐ東口に向かう。
浜田以外は、どうやらあまり来た事がない様だ。
映画館に着くまで終始キョロキョロしていた。
田舎者丸出しである。
「ほらチケット買って来てやるから、金よこせ」
「カツアゲー?」
「カツ、アゲ?」
「人聞きの悪い事ゆーな!んで三橋もノるな!」
「真ん中取って来てー」
「混んでんだから文句ゆーな!」
涙が滲みそうな浜田の努力を、ケタケタとからかう3人。
花井の努力と監督の才能を思い、浜田は人知れず溜息を吐いた。
「上映時間は…19時だな」
「えー!あと2時間もあんじゃん!」
「文句ゆーなぃ」
「時間までどーする?」
全力疾走の甲斐あってか、到着時間は随分早かった。
その無計画のせいで時間を持て余す結果になった訳だが。
「じゃーボーリング行こ!2ゲームくらい出来んじゃね?」
「い、行く!」
「待て待て待て。ボーリングはやめよう」
田島の提案にノッた三橋に待ったを掛けたのは浜田だ。
「なんでだよ?」
「阿部がうるさい」
なるほど。
ボーリングは投手の命である指で球を支える上に、重い。
例え億に一つでも何かあったら…
あぁ、恐ろしい。
「じゃーどーすっか」
「カラオケ?」
「それなら近くに安いトコあるよ」
「オ レ…あんまし…」
「カラオケは上手い下手じゃない。ノリだ!!」
ガシっ、と三橋の肩を抱き、高々と拳を掲げる泉。
どうやら彼は見た目以上に楽しんでいるらしい。
なんかテンションがおかしい。
そうしてやって来たカラオケBOX。
1番乗りでマイクとリモコンを手に取ったのは、もちろん田島だ。
「トップバッター田島歌いまーす!イケナイ太陽!!」
「イェーイ!!」
「外すなよー!!」
行儀悪くソファーをお立ち台にして、ラップまで1人でこなした田島は流石としか言いようが無い。
他3人も異常なまでに盛り上がり、1曲歌っただけで気分は最高潮だ。
「次ダレー!?」
「スイ…レンカ?」
「はいはーい!夏といやコレでしょー!」
「今冬なんですけどー!!」
そうしてマイクを取ったのは浜田だ。
『濡れたまんまでイッちゃってー』の部分を気持ち良く叫んだ3人の声は、マイクを持った浜田の声を容易に掻き消した。
「やーばい楽しー!!」
「次オレ!!」
「きゃーっ泉くーん!!」
「い ずみくんっ!」
泉の不敵な笑みと共に流れたの曲は、福山雅治。
それもGang。
「泉えろーい!」
「やばい惚れそー!」
妙に野太い黄色い声援、ケラケラと響く笑い声に囲まれ、泉は満足げに歌い終えた。
「次みはし入れたー!?」
「い、いちおう…」
「歌え三橋ー!!」
「キャー三橋くーん!!」
死ぬ程テンションだだ上がりの3人に気圧され、とりあえず曲を入れてみたはいいが、カラオケなど来た事のない三橋はやはり尋常でない程に緊張している様だ。
何となく手が震えている。
逃げ出したい気持ちにも駆られたが、そんな三橋を待つ事なく機械は曲を流し始めた。
そして流れたのは、スピッツ。
「名曲ー!!」
「オレこの曲めっちゃ好き!!」
「三橋ー!渚も入れていー!?」
「え…ぅ、うん…っ」
案の定、と言うべきか。
三橋の不安はやはり杞憂に終わった。
そうして4人はカラオケにて、本来の目的を忘れたんじゃないかと心配になる程の盛り上がりを見せた挙句、きっちり時間に店を出た。
「おんもろかったー!!」
「三橋うまいじゃーん!」
「ありゃ自信持っていーぞ三橋!」
「ふ…ふひひ」
そして最高のテンションのまま映画館へ入場。
ポップコーンは各自Lサイズを購入。
約1時間半の上映を終えて出て来た4人は、更に未だ興奮覚めやらぬ面持ちだ。
館内で堪えていた感動が、外に出た途端弾けた。
「なーあの主人公スゲくね!?」
「オレうっすら泣けた」
「オレ…ぐっ…ひ…っく」
「みはし泣き過ぎだろー!」
感動の余り涙を垂れ流す三橋をケタケタとからかう浜田。
静かに瞼を押さえる泉は、意外にも涙もろいようだ。
「さーて、んじゃ遅くなんねーうちに帰るかー」
「ちょっと待った浜田!」
時間を見て帰宅を促す浜田だったが、それを田島が制止する。
「どした?」
「プリクラ撮ろ!!」
それは思いも寄らない提案だった。
三橋と泉は目を丸くしている。
「えー…オレはいーよ」
「それはOKだな?よし行こ!」
「違う!違うぞ田島!ノー!!」
拒否する浜田を無理矢理引きずり、ゲーセンに突撃する4人組。
大概のプリクラフロアは女子のみの入場とする場合が多いが、この時は運良く一発で男子OKの所へ入れた。
これも田島の引きの良さなのだろうか。
「美肌でお願いシマース」
「なはは、ダーイジョブだってー!プリクラなんてみんなサギだぜ!」
「田島何かヤな思い出でもあんの」
「オレ…はじめて来た」
若干キョドり気味の三橋を引っ張り、適当な台を決め、4人で1枚ずつ100円玉を挿入する。
「1回だけだかんな。帰りの電車賃無くなる」
「浜田詰めろ!何で乗り気じゃなかった奴が真ん中キープしてんだ!」
「オ、オレ 台降り…」
「早くしろよー!撮るぞー!」
「わっ!ちょっと待て田島!」
「た たじ…!」
「あーー!!」
パシャッ。
この日、最高に最高な1枚の宝物が誕生したという噂。
→あとがき
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