真冬の空は青く、どこまでも澄んで美しい。
雲一つ無い青空を見て、勘違いするのは無理もない事である。
「………」
「………」
「………」
「…ちょっと。静か過ぎねぇ?」
長い長い沈黙を破ったのは、やはり水谷である。
渇いた笑いと鋭い視線が水谷に突き刺さったのは、ほぼ同時だった。
「喋る気になるか!!」
「さみーんだよ!気温もお前の存在も!!」
「ちょっ!存在は言い過ぎだろ!」
「まーまー…でも天気いいし、空いてるし、ね?」
「ったり前だ!真冬に屋上で飯食うバカがどこに居んだ!!」
阿部はそう怒鳴るが、彼がバカだと罵った人間がここに居るのだ。
自分も含めて。
何と7組の4人は、果敢にも真冬の屋上で昼食を取っていた。
言い出しっぺは、言うまでもない。
「だってあったかそーじゃんかー」
「季節を考えろ!」
「まーまー…これだけ晴れてたら、勘違いもするよ」
寒さに気が立っている花井と阿部を、健気に宥める篠岡。
彼女に言われては、主将組も気を落ち着かせる外ない。
野球部の最強は篠岡かも知れない。
水谷はそんな事をコッソリ思った。
「黙ってるからよけー寒いんだよ。何か喋ろーよ」
「嫌でも毎日顔突き合わせてんのに話題なんかあんのかよ」
篠岡に宥められて多少は落ち着いたものの、やはり水谷に対しての言動にはトゲがある阿部。
仕方ないと言えば仕方ない事なのだが。
阿部の辛辣な言葉をものともしない水谷は、相変わらずフニャリとした笑顔で答えた。
「じゃーさー、もし西浦に野球部が無かったら何部に入ってた?」
突拍子のない質問に、ハァ?と声を揃えたのは勿論主将組だ。
「花井なんか今でこそキャプテンやってっけどさー、最初は野球部じゃなくてもいーとか言ってたじゃん」
「そーだっけ」
「言ってた。オレすげー覚えてる」
シラを切ろうとした花井の逃げ場を閉ざしたのは阿部だった。
忘れたい出来事を掘り返されて阿部を睨む花井だが、言葉を発する前に水谷が質問を投げ掛けた。
「あのまんま帰ってたら、何部行くつもりだったん?」
「あー、バスケ部とか?」
「うわー、ベタ」
「どこが」
「背ェ高い奴って絶対バスケかバレー行くじゃん」
「野球だってデカイに越した事ねーだろ」
「うわー嫌味ー?」
阿部と水谷も背が低い訳ではないが、いかんせん横幅が足りない。
内野を越す打球を飛ばすには、もう少し縦も欲しい所だ。
妙な所で通じ合う阿部と水谷の理不尽なブーイングにもいい加減慣れた花井は、ヘイヘイと軽く受け流した。
こうすれば勝手に犠牲者…
もとい、話題の対象者が変わるのを知っているからだ。
「しのーかはー?」
「私?」
花井の思惑通り、話題は篠岡へ転換された。
「初めからマネジやろーと思ってた?」
「まーねー。高校野球大好きだもん」
「マネジの鏡」
「篠岡の情報収集力は異常だよな」
「褒められてる…のかな?」
実際褒めてるんだかそーでないのか解りづらい阿部の言葉に苦笑い気味に答える篠岡。
そしてこう続ける。
「でも野球部じゃなかったらソフトやってたかなー。初めてグラウンド来た時、監督の甘夏潰し見て入部諦めかけたし」
そんな篠岡の言葉に、うんうん、と激しく同意する3人。
「アレはオレもビビったー」
「男でもあの握力はそう居ねェな」
「よく戻って来て下さいました」
それでもマネジをやる決意をしてくれた篠岡に、3人揃って深々と頭を下げる。
そんな3人に、イエイエとにこやかに応える篠岡。
なかなかの息の合いようである。
「そー言う水谷君は?」
「オレ?そーだなー…いっそ文化部かなぁ」
「あー、軽音とか似合いそうだね」
「あと美術部の幽霊部員」
「何があっても薄い方向に持ってくんだな」
「ホントだよ!よけーなお世話だ!じゃー阿部は何部なのさ」
口に含んだ弁当を飛ばしながら水谷が抗議すると、阿部は心底嫌そうな顔をして答えた。
「野球部が無かったらオレ西浦来てねェよ」
軽く、時間が止まった気がした。
「グラウンドも見て選んだしな」
さも当然の様に、弁当を掻っ込みながら。
時々寒さに身震いしながら、阿部はそう答えた。
きっと、4人の脳裏を過ぎった思考は同じだろう。
野球部が無かったら、こうして寒い中丸くなって昼食を取る事もなかったんだろう。
野球部が無かったら、こんなに素敵な仲間達と出会う事もなかったんだろう。
野球部が無かったら、こんなに熱くなれる奇跡にも逢わなかったんだろう。
「他にも候補あったけど、今は西浦選んで良かったと思うよ」
(みんなと逢えたから)
言外の言葉を、赤くなった阿部の耳が語る。
あれはきっと、寒さのせいではない。
だって心が暖かい。
あぁ、本当に
「「「「野球部で良かった」」」」
まるで歌声の様に揃ったカルテット。
来年もきっと
世界一熱い奇跡に逢えるだろう。
→あとがき
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