純情ロマンチスト



「寒ィなー…」

「ねー…」


職員室前の廊下に並んで肩を震わせる阿部と栄口。

夏が終わり、徐々に空気も冷たくなり始めた季節。
なのに2人は半袖だった。
雨のせいもあってか、まだ秋とは思えない程肌寒い。
たが学校はまだ暖房は入れてくれないので、上着で調節するしかない。

露出した肌をさすりながら、2人は秋季の部活動予定を提出しに行った花井を待っていた。


「失礼しましたー」


ガラガラと職員室の扉が開き、ようやく花井が出て来た。


「おっせェ!」

「寒い!」

「ええっ?」


花井を見るなり罵声を浴びせる阿部と栄口。
2人共完全に八つ当たりである。


「オレのせーじゃねーだろソレ」

「ちゃんとグラウンドの使用回数むしり取った?」

「春よりは増えたぞ」

「でかしたキャップ」


夏の大会で1年生のみでベスト16。
成績が良い方から使用が優先されるのは世の常である。
3人は満足げだ。

しかし。


「花井が遅いせーで冷えたから何か奢れ」

「オレもー」


阿部の我儘にハイハイ、と乗る栄口。
しょーもない子供達である。
花井はオレのせーじゃねーし、と断るが、両サイドからがっちりホールドされて逃げ場が無い。
こうなったら意地でも譲らない事を悟った花井は、大人しく自販機へ向かった。

この2人は頭がいい分、悪ノリするとタチが悪い。
花井は人知れず溜息を吐いた。




「あ、増えてる」




校内にある自販機の前で花井が財布を取り出そうとしていると、栄口が呟いた。


「コレ増えるとさ、寒くなったなーって実感しね?」


コレ、と栄口が指差したのは『あたたか〜い』の文字。
何とも言えない緩い表記は日本独特なのだろうか。


「わかる気がする」

「気が抜ける表記だよなぁ」


と、それぞれ感想を述べ、花井は自販機に小銭を挿入する。


「ほれ、お前ら何にすんだ」

「「ココアー」」


綺麗に揃った二重奏。
花井は思わず苦笑いした。
そして2人は花井の少ない小遣いによって手に入れた飲み物を有り難く頂戴する。


「オレ彼女出来るとしたらこんくらい緩い子がいいなー」


ほう、と暖かいココアを飲みながら栄口がぼやく。


「何、栄口の理想は冬の自販機みてェな女?」


ケタケタとからかう阿部。


「妙に具体的な表現やめてくれるかな」


ムッとして阿部に言い返す栄口。


「栄口は後輩とかにモテそーだよなー」


そして花井も乗っかる。


「そーかな。でもオレ一生に1回でいいから年上のお姉さんに弄ばれてみたい」

「願望が生々しいな」


意外な栄口の理想に今度は阿部がツッコむ。


「逆に花井は年上ウケいーよな、絶対」

「空前のマダムキラーだもんね」

「捏造甚だしいぞ栄口」



勝手に花井のキャッチコピーを作った栄口に呆れ顔でツッコむ花井。
いつの間にか話題は誰がどんな子と付き合ったら、というテーマになっている。
そして話題は阿部へ。


「阿部はねー、喧嘩出来るくらい気が強い子じゃないと無理だと思うなーオレ」

「なんで」

「泣かすだろ、絶対」


栄口の意見に激しく同意する花井。


「別に泣かさねーよ」

「あんだけ三橋泣かしといてよく言うよ」

「所詮男兄弟しかいねー奴にはわかんねんだよな」

「気遣いゼロだもんね」


今度は花井と栄口で意気投合してしまった。
花井は妹、栄口は姉。
兄弟に女が居るかどうかで価値観はだいぶ違うらしい。
その様子に軽く疎外感を覚えた阿部はムッとする。


「じゃーお前らはわかんのかよ」

「阿部よりはわかってると思うぞ」

「じゃーさ、阿部は最初にデート連れてくとしたらどこ行く?」

「えー…」


栄口の質問に暫く思考を巡らせる阿部。
あー、とかうー、とか唸っているだけで、全く思い付かない様子。

そのうち、パッと何かを思い付いた様だが、先に花井が口を開く。


「ちなみに野球場はアウトだからな」

「え、ダメ?」

「相手も相当野球好きじゃないと面白くないって。まー阿部らしいけど」


ようやく思い付いたデートコースを却下され、えー、と再び唸る阿部。

普通、そんなに浮かばないものだろうか。

それでも律儀に頭を抱えているあたり、彼女が出来た時の事を自分なりに考えているらしい。

阿部が悩んでいる間、2人はそれぞれ理想のデートコースについて語り合っている。


「オレ旅行とか行きたいなー。温泉で一泊とか」

「急過ぎね?」

「別にいきなりじゃないよ!それなりに付き合ってから!」

「つーか親の許可降りねーだろ」


盛りのついた高校男児と泊まりで旅行に行こうものなら、クリーンに帰宅出来る確率は極めて低い。
余程寛大な親でない限り、許可は難しいと思われる。


「花井はそんな事ばっかり考えてるのかい?」

「オメーが振ったハナシだろが!」

「全く卑猥な」

「ちげーだろ!!」


花井は思う。
栄口には口喧嘩で勝てる気がしない。


「つーか阿部はまだ思い付かねーの?」


敗北を悟った花井は未だ悩んでいる阿部に話を振った。

というか、逃げた。


「んー…デートっつーか…アレやりたい」

「なに」


んー…と言いづらそうにココアの缶をプラプラしながら、口を開く。


「冬んなったらさー…」














「コートのポケットん中で手ぇ繋ぐの」














たっぷり5秒間。


花井と栄口はまるで石像の様に固まった。


「かっ……」


直立不動のまま呆けている2人を阿部が不思議そうに見ると、








「「かわいーーっ!!」」








ぶっはー!!と同時に吹き出した。


「意外!ちょー意外!!」

「阿部ちゃんてばピュアなんだから!!」

「ピュアべだピュアべ!!」


腹を抱えてゲラゲラ笑う花井と栄口。
阿部は茹蛸ばりに顔を赤らめて怒鳴る。


「っせーなワリーかよ!!」

「いやっ…わる、悪くない…っ、く…うははは!!」


ヒィヒィ言いながら腹をよじらす栄口。
相当ツボにハマったらしい。
花井も花井で遠慮なく大声で笑い散らかしている。


「っせェ!!黙れ!!」


居心地の悪くなった阿部は悔し紛れに2人に蹴りを入れるが、笑いは止まない。




静かな校内にけたたましく響く笑い声と怒声。




その後も阿部が野球部内でからかわれ続けた事は

もはや自明の理である。




→あとがき





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